第38話 オーナーの影が薄くない?
私たちはエリザさんに教えてもらったとおり、101階から120階までの間を悠々と探索して回った。
帝釈天が強敵であるせいか、冒険者パーティとは一度も会わなかった。
そして、その範囲にお宝が多いこと多いこと。
100階までと全然違うのだ。
見たこともない剣や、金色に輝く食器類。どういうわけか絵画や髪留めまであったのだ。
何より砂糖結晶が見渡すかぎりに存在する。
片っ端から破壊し、アイテムボックスに放り込んだ。
砂糖結晶(特大)、砂糖結晶(大)、砂糖結晶(中)、砂糖結晶(小)なんて感じに、私のボックス内は砂糖で満ちていた。
この結晶はしばらく時間が経つと自然に復活するらしい。
自然界で結晶なんて、なかなかできないと思うけど、この辺はゲームさまさまだ。
全員で拾えるものは全部拾って、ボックスに詰め込み、早々に120階のエレベータの乗り口から脱出した。
「さあ、我が家に帰るぞ!」
「リリ様、一応、ギルドに報告をしなければいけません」
アテルが慌てたような声で言ったので、私は「なんで?」と首を回した。
「今日はホーンアリゲータの討伐依頼を受けたじゃないですか」
「あっ……そうだった」
「良かったら私が一人で報告して来ましょうか? ボックスからホーンアリゲータの尻尾だけ出してもらえれば」
「ううん、初依頼だし、みんなで行きましょう」
そんな話をしながら冒険者ギルドに向かい、ホーンアリゲータの尻尾をたくさん並べると、糸目の受付嬢、ルーラリアさんは目をまん丸にして驚いていた。
依頼は三匹で良かったらしい。
その辺を全然チェックせずに出発してしまったクロスフォーは、きっとドジっ子パーティと思われていただろう。
ギルドで注がれる視線は生暖かった。
でも、方々で「あんなに小さい子供たちが」と驚いている声が聞こえたので、評判は上々といったところだと思う。
「これも、査定お願いします」
けれど、本当に驚かれたのはこのあとだったのだ。
金色に輝く食器類、絵画そして髪留めを並べたときには、ルーラリアさんの表情は完全に固まっていた。
文化品は異常に価値が高いらしいと、あとで知った。
私はそんなことに気づかず、「査定ってすぐ終わりますか?」とカウンターに手をかけて覗き込んでいた。
アテルが「また明日にでも来ましょう」と言わなければ、きっとそこで留まって、ギルド側から根掘り葉掘り質問責めにあっていただろう。
帰り際にミャンが「あれは今日出してはいけないものだったのではなかったの?」と至極当然の突っ込みをして、私は「確かに」と青ざめた。
依頼を受けていないどころか、『浮世の迷層』に入ったことを自白するようなものだったからだ。
「もう出しちゃったし、いいんじゃない。どうぜ換金する予定だったんだし」
ウィミュはまったく深刻には考えていない。
「それより、早く、砂糖届けようよ!」
「そうね」
気持ちを切り替えた私は、冒険者ギルドからさっさと離れ、自分のケーキ屋に戻ったのだ。
***
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、リリ様」
真っ赤な髪をポニーテールにしたシャロンが、優雅に頭を下げた。服は白基調のシックなメイド服。
その左右には、腰まで伸びる長い金髪と銀髪の双子。つり目の金髪がユミィ、垂れ目の銀髪がルリィだ。彼女たちもシャロンと同じメイド服に身を包み、一糸乱れぬタイミングで頭を下げた。
「……なんか、すごいね、店の中」
私は店内をぐるりと見渡した。
昨日来たときと内装が全然違う。
目の前のシャロンがすました顔で、片手を上げて壁に向けた。
「リリ様の『老若男女が落ち着く店内』というコンセプトを元に、自然を感じられるよう白い壁に木を象ったウッドパネルを多数配置いたしました。ショーケースの台に加え、カウンターには明るい色の木材を使用。天井は緑を思わせる薄い黄緑色に染め上げ、暖色のランプを吊り下げ、柔らかい雰囲気を醸成しました。さらに、オリジナル要素として、『店の愛らしさ』を強調するためのアクセントを、リスを象ったシンボルに持たせ、店の看板及び外壁に目立たないよう貼り付けております。入口の扉には濃い茶色の木材を使用し、森の小屋をイメージした丸窓を備えました。最後に、お客様が店内の様子を一目で窺えるよう、店正面には大きめのガラスをはめ込みました」
シャロンの淀みない説明が止まる。
そして沈黙。
シャロン、ユミィ、ルリィの顔に不安が浮かんだ。
「……リリ様、いかがでしょうか?」
「すごいよ! というか、三人とも何者!?」
「え、え? リリ様?」
私は感動のあまり感情を爆発させて、シャロンの両手を取ってぴょんぴょん飛び跳ねた。
なんだ、この有能さんたちは。
私の適当な『老若男女が落ち着く店内』という一言で、ここまで完成度の高い店を作り上げるなんて予想もしていなかった。
これは店舗デザインだけでもお金を払うべきレベルだ。
プルルスの配下すごい。確かにこの三人は白雪城に留めるのはもったいない。
ウーバがシャロンを引き抜かれるのを嫌がるはずだ。
「お気に……召していただけましたか?」
「もちろん! 最高だよ! もう三人のお店にしてあげたいくらい!」
シャロンの恐る恐るの問いかけに、一息に答えた。
彼女はわかりづらく表情を変化させ、頬を少し染めて、はにかんだように笑った。
双子の姉妹も、嬉しそうに微笑んだ。
みんな可愛らしい。
私も嬉しい。
シャロンが上品な笑顔を浮かべながら私の手を引いた。
奥も案内してくれるらしい。
「内部は『天使のほっぺ』オーナーのルヴァンさんにご指示いただきながら用意しました」
「おぉっ! すごい!」
ちゃんとキッチンや調理器具まで揃っている。
「現在、私とユミィ、ルリィはルヴァンさんから調理技術を教わっている最中です。あと『わんちゃんのフルーツ屋』のワルマーさんと季節のフルーツの仕入れについて相談しております」
「何から何まで完璧! 私、オーナーなのに何もしてないからね」
「ご冗談を」
シャロンがくすくす笑うけど、本当に冗談じゃない。
一日でコンセプトを考え、店の内装と外装工事をして各種調整に走るなんて、このヴァンパイアたちは規格外すぎる。
そしてこのリフォームを一日で完成させる異世界の技術がすごい。
「そういえば、これ……予算の範囲に収まったの?」
「もちろんです。リリ様にお示しいただいた予算内です」
「そっか、そっか」
「ディアッチ様に木材の運送をしていただいたので、それが助かりました」
「……そ、そっかー」
柱を抱えて飛んでいる姿が簡単に想像できた。
ディアッチは本当に良く働いてくれるからなぁ。
あとでお礼を言っとかないと。首の黄金比率時代から変わりすぎだよ。ほんと。
「一番奥が、薪窯(まきがま)です」
「すごく大きい!」
「短い時間に高温で焼き上げ、うまみを閉じ込める効果が期待できることから、窯を用意したのですが、なかなか見つからず、かなり大きめの物を持ってきました」
「うんうん……ん? 持ってきた?」
「はい。廃業したピザ屋の窯をいただきました。もう使わないとのことで。作るとなると時間が必要ですので」
「ほぉー」
シャロンが当然のこととばかりに説明するけれど、どこにそんなネットワークがあるのだろう。
と思っていたら、それを先読みしたように微笑んだ。
「商業ギルドに相談しました。ディアッチ様と一緒に」
「なるほど、なるほど」
あのギルドマスターはまた腰を抜かしただろうな。
私のケーキ屋――『ちっちゃなケーキ屋さん』の名前を伝えにいったときも大変だったと聞いた。
ギルドの窓からディアッチの顔だけが覗いていたらしくて、受付嬢がみんな腰を抜かしたらしい。
どこかの機会でカステラの差し入れに行こう。
「窯が大きくなってしまったので、早速、薪の手配をしているところですが、この大きさではかなりの量が必要です。多少コストの見直しも必要になるかと思います」
「よし、私がそれを引き受ける」
「え?」
「ちょうどいい子がいる。この子にやってもらおう」
私は降臨書を開いた。
もちろん誰の目にも映らない。端から見たらパントマイムを見ているようなものだろう。
☆4 レベル36――火精霊サラマンダー。
アイテムボックスからこの世界のお金を使って召喚する。これくらいなら安い。
何もない空間に種火が広がる。徐々に大きくなる火炎の塊が、ぴしっと音を立てて縦にひび割れると、中から片手サイズの真っ赤なトカゲが現れた。
サラマンダーは空中から地面に着地すると、私の足下に顔をこすりつけた。
「んー、サラマンダーは窯に火をくべて、一定の温度と湿度に保ってくれる?」
きぃっと小さな声で鳴いたサラマンダーは、窯の中にのそのそと入っていく。
ふりふり揺れる尻尾がグッド。
そして、突如、炎をふき出し、窯に火が灯った。
すばらしい。
「……『無』から『有』を召喚なさるなんて。それも……精霊を作り出されるとは」
「そんなに大したことじゃないよ」
「いえ、リリ様は真祖さまであると聞いておりましたが、私は今、神の御業を目にし、深い衝撃を受けました」
「シャロンも大げさだなぁ……ユミィもルリィもちょっと、頭を上げて……お願いだから。ここ楽しいケーキ屋さんだから……そういうの無しで、ね?」
「粉骨砕身、全身全霊で『ちっちゃなケーキ屋さん』を盛り立てて参ります」
「う、うん……肩の力、抜いて……ね?」
失敗したような気がするけど、私も協力したかったんだよ……うん。
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