転生幼女な真祖さまは最強魔法に興味がない

深田くれと

第1話 働きすぎると幼女に転生しちゃうよ?

 体が熱い。熱帯夜のようだ。

 頭がぼんやりしていて、うまく働かない。

 自分の胸に手を伸ばし、体を抑えつけている何かを払った。

 途端に軽くなった。

 ゆっくり目が開いた。


「なに、これ」


 目の前が暗かった。

 布団かと思ったけれど、触ってみたら冷たくて硬い。黒い壁みたいだ。

 ぐっと手で押しのけた。とても軽い。

 ガシャ、ガシャッと音を立てて、大きなふたのようなものが遠くに飛んでいった。

 何かに閉じ込められていたらしい。

 半身を起こす。

 かび臭くて埃っぽい広間だった。絶対に自分の部屋じゃない。広すぎる。

 しかも寝転がっていた場所が……


「やばいなあ、私、どこで寝たの? これ――棺桶みたいじゃん。悪趣味なカプセルホテルか?」


 昨日の記憶を呼び起こす。

 コンビニで酒とアイスを大量に買い込んだところまでは覚えている。

 嫌なことがあって、やけ酒のつもりだった。

 甘味はそのお供。


「ああ、思い出したら、腹立ってきた。――ん、これ?」


 ふとももの上に青紫色のナイフが乗っていた。

 切れ味の良さそうな輝きを放っている。

 手で柄を握ると、幅の広い刀身に顔が映った。まるで鏡のような光沢。

 そこにいたのは――少女。いや幼女の範囲かもしれない。

 人形のように、びっくりするほどシンメトリーな顔で、かわいらしい。

 新雪のような白く長い髪。白桃のようにうっすらと赤みの残る初々しい肌。切れ長の目の中に輝く瞳は燃えるような紅色だ。


「めっちゃ美幼女。……やばい、まだ酔ってるわ。今、何時だろ?」


 周囲を見回したけれど、愛用のひよこ形置時計がない。


「あるわけないか……って服もきっついなぁ」


 のそりと立ち上がると銀色のドレスを着ていた。コスプレ衣装みたいだ。

 白魚のような指で、生地に触れた。

 と、そのリアルな感触に、ぞわりと背筋が泡立った。

 きめ細かな布の感触が、これが夢ではないと伝えてくる。

 思い出した。昨日はスーツだった。

 着替えずにベッドに倒れ込んだはず。

 寝ている間に誰かに脱がされていたことになる。

 ――誘拐?

 一気に意識が覚醒した。

 体にケガはない。でも下着をつけていない。靴もはいていない。


「夢と言ってくれ」


 どうして私を?

 ぐるりと部屋を見回した。

 やたらと広い部屋にある扉は、正面の一つだけ。

 駆けだそうとしたタイミングで、扉がぎぃっと音を立てて開かれた。


「いきなり犯人と対面とか、心の準備が――っっっ!?」


 現れたのは白い顔の生き物だった。いや、骨だ。

 鎧のようなものを身に着けた骸骨が数体、なだれ込むように部屋に入ってきた。


「いやぁぁぁぁぁぁっ!」


 私は全力でかけだした。

 危ないとは思ったものの、出口はそこしかない。

 チャンスはここだけだ。

 骸骨の隙間を縫って、勢いよく廊下に出た。こんなことができたことが奇跡だった。

 出た場所は、荒れ果てた石組みの建物の中だった。

 強い湿気が充満していて、蝙蝠がバタバタと羽ばたいている。


「どうなってるの!? ホラー!?」


 長い直線の通路を一気に走り抜ける。

 途中にある扉が開かないことを祈りつつ、いくつもの階段を跳ねるように昇って外に出た。

 日が傾いていた。

 深い森の中をでたらめに走り、木々を縫ってようやく止まった。

 後ろを振り返る。骸骨集団は追いかけてこない。

 けれど、これ以上どうやって逃げる? 外に仲間がいるかもしれない。

 それに――ここはどこ? どっちに向かえば?


「マジやばい。とりあえず、山を降りるしかない。でも靴だけは何とかしないと長距離は逃げられ……ん?」


 ふと自分の足を見つめた。

 小さな足だ。とても24センチには見えない。

 しかも、裸足で走ったのに傷がない。痛みもない。あれだけ石の上を走ったのに。

 落ち着いて深呼吸してみると、わずかな息切れもしていない。

 社畜の私は体力と筋力がゼロなのに。


「何かおかしい」


 棺桶、青紫色のナイフ。

 美幼女。鎧の骸骨。

 そしてえぐい体力。


「そういえば、さっきの幼女、知ってるような」


 もう一度、深呼吸、深呼吸。

 木の影に身を隠してしゃがみこむ。

 思い出せ。


「そうだ……リリーンだ」


 数秒で名前を思い出した。

 ヴァンパイア・リリーン。

 少し前に昼夜を忘れて、はまったJRPGのゲームのキャラクターだ。

 《降臨書》と言うモンスター図鑑をストーリーの最中に埋めていくのが楽しいゲームだ。

 生活の合間を縫って、ちまちまドロップアイテムを使ってステータスを強化していたお気に入りのモンスター。

 そのゲーム内で☆10という最高ランクに君臨する吸血鬼。

 が――


「ちょっと待って……あれ、私よね? モンスターなの? 夢と言って……もう一回、鏡……鏡を見ないと……」


 骸骨と出会ったときよりも、ひどく焦ってきた。

 状況がまったくわからない。

 と、森の中を何かが走ってくる。

 がさがさと音を隠す気のない移動だ。

 目を凝らすと、水色の髪の町娘のような少女が体の大きな四人に追われている。

 どれも同じ姿をした四人は顔に白い仮面をつけて、どたばたと不細工な走り方をしている。

 でも、速い。


「もうついて来ないでください! 私は絶対、街に戻りませんから!」


 少女は悲痛な叫びをあげたけれど、間隔は、その感情に反して、みるみる詰まっていく。

 少女が、何か使えるものを探すように速度を落とした。

 助けを求めて視線をさまよわせる。

 そして、隠れていた私と目が合った。

 きょとんとしたのは一瞬。


「助けてください! 追われてるんです!」


 少女は激しく息を切らせながら目の前にやってきた。

 私の細い足にすがりつく少女。

 仮面の四人が追いついてきて、私たちを囲む。腰の剣を抜いた。

 両目の穴から赤い色が見えた。

 私は混乱していた。

 状況すらわからないまま、予想外のことが次から次へと起こっている。

 四人が息を合わせたように私の顔に刃の先を向けた。

 仮面越しに見える瞳が、にやあっと嫌らしく曲がった。

 私の姿をばかにしていると、そう直感した。

 イラっときた。


 ――私の大切なモンスターを笑ったな。


 その構え、立ち姿――知ってる。

 その顔、姿――仮面の模様は少し違うけど知ってる。

 あんたたちは――『☆3』の雑魚だ。


 3D画面は同じ。敵も同じ。

 ヴァンパイア・リリーンに成りきったような気持ちになった。

 何より、お気に入りのモンスターを笑われて許せるか。

 幼女のくせに高慢で、威厳なんて無い姿のくせに、全てを知るように冷めたふるまいをする。

 戦闘中に何パターンもあるセリフ。

 勝利後に何度見たか分からない、勝ち名乗りと勝利ポーズ。

 リリーンをあなどるな。

 唇に指を当てた。


「永遠に眠ってくれる?」


 四人の足下に血だまりのようなものが広がった。

 赤く、黒く。

 四人は暴れることもなく、意識を失ったように動きを止めた。地面に呑み込まれていく。

 とぷんと水滴が跳ねるような音を残して、森に静けさが戻った。


「誰か夢だって言って……ゲームの技、ほんとに使えるとか、どんな世界よ……」


 少女の唖然とした顔を見て、私の中の常識は音を立てて崩れていった。

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