第80話 甘味を求める真祖さま!

 町はひどい状態だった。

 竜に焼かれ、アンデッドたちに壊され、とても一日そこらで治せるようなものじゃない。

 でも、さすがヴィヨンの住民たち。

 元々、アンデッドとドンパチやっていた真祖教会の強面のシスターたちや、ワルマーさんのような元プルルスの部下たちの掛け声で、完全に夜がふける頃にはそこかしこで盛り上がっているような声が響き始めた。

 打たれ強さというか、順応性にかけて、この町はパワーがある。

 特にすごかったのが、アメリだ。


『私たちの町は、あの銀帝を打ち取ったんだぞ! これを喜ばずに、いつ喜ぶんだ!』


 と、町の至る場所を回って鼓舞し、さらにシャロンが水魔法で作った高台からスピーカーのような道具を使って、音が割れるほどの大声で宣伝しまくった。

 呆気にとられて見ていた私に、戻ってきたアメリは『私の祭りはまだ終わってないから……だから……』と照れくさそうに頬をかいた。

 少し離れて見守る騎士団長のメイブルンさんが微笑んでいたのが印象的だった。


『家を建て直すのはまた明日からだ。今夜は飲むぞ。教祖と国王が奢ってくれるらしい』

『噂だとヴァンパイア五柱も集まっていたとか?』

『あっちで、真祖教会のシスターたちが最強決定戦をおっぱじめるらしいぞ』


 色々な声が聞こえてくる。

 でも、どれもふさぎ込むようなものじゃなくて良かった。

 とんでもないハプニングがあって、至る所で地面が陥没してるけれど、第一回ポーレット祭は、なんとか乗り越えてくれそうだ。


「みんなもお疲れ様!」


 私たちもまた、ちっちゃなケーキ屋さんに集まって乾杯をしていた。

 クロスフォーのメンバー。

 プルルスとディアッチ、ウーバやシャロン。ユミィとルリィ。

 パティシエのルヴァンさん。

 銀帝と戦ったウリエルは珍しく殊勝な態度で「格好悪いところをお見せしたので、今日のところはこの辺で」と幾分へこんだ様子でこの場には来なかった。

 いつもより格好良かったよ、と伝えてあげれば良かったかもしれない。


「酒が足らねぇ。もっと持ってこい」


 テラス席の端っこを占領し、酒瓶を放り投げている青い髪のヴァンパイア。

 彼は『朽朽鬼ガガント』というヴァンパイア五柱の一柱だったらしい。

 いつの間にか溶け込んでいるのはいいとしても、どうも御機嫌ななめらしく、対面に座って微笑むエリザと対照的だ。

 また、彼女の隣には、『女丈夫アイラン』というタヌキ族の少女が侍っている。

 何があったのか、しな垂れるように「お姉さま、今日は姉妹の記念日だし一緒に寝よ?」とべったりだ。

 困ったように苦笑いするエリザの様子は珍しい。

 最初に二人と出会ったときは、あんなに姉と呼ばれることを嫌がっていたのに。


「おい、聞いてんのか、酒だ」


 ガガントが近くのメイドのヴァンパイアを指さして雑な注文をする。

 そこで、私はふと気づいたことを口にした。


「そういえば、頭の角はどうしたの? 二本あったよね?」


 その瞬間、ガガントの表情がぴしっと固まった。

 バツが悪そうな、ひどく居心地が悪そうな、なんとも言えない顔だった。

 最初に反応したのは、アイランだ。


「姉さまに切られたの。それもコテンパンにやられたあとで」

「アイラン、勝負は時の運よ。そういうことは言わないの」

「えぇ、でも姉さまの戦いは、運とかそういうレベルの違いじゃなかったって」

「お前は、俺にぼろ負けだったけどな」


 ガガントが厭味ったらしく口端を上げると、アイランが瞳を細めて睨みつける。

 一触即発な空気を、


「二人とも――やめなさい。今日はそういうのは終わりよ」


 凛としたエリザの声が一刀で断ち切った。

 彼女は腰の剣――『真夜』に手をかけていた。

 テーブルに乗りだしていたガガントとアイランが、すごすごと自分の椅子に戻る。

 まるで子供のようだ。


「こっちのことは気にしないでちょうだい」

「あっ、うん」


 エリザがひらひらと手を振る。

 まあ、二人も色々あったのだろう。



 ***



 近くの住民を分け隔てなく招待したこともあってテラス席は満員だ。

 ちっちゃなケーキ屋さんのカステラやケーキも大盤振る舞いで食べ放題にした。

 今日は大赤字ですね――とシャロンが言っていたが、まだ笑顔なので大丈夫のはず。

 もう少しわがままいけるかな?


「リリ様! ウェディングケーキを注文したリザードマンだよ!」


 ウィミュの弾んだ声に誘われ、首を回した。

 すると、二匹のリザードマンが連れ添って歩いてくる。

 どちらも歩き方に貫録があって、オスかメスかもわからないけれど。

 でも、「おっ、あのときのちっこいヴァンパイアじゃねえか」という聞き取りづらい声を聞いて頭にひらめくものがあった。


「もしかして……タコクレープのときの?」

「それよ! あんたにタコのうまさを教えてやった俺よ!」

「…………え? ウェディングケーキ……注文したの? あなた? あれ?」


 私はちらりと隣のリザードマンを眺める。

 たしか、彼女とは色々あって別れたとか聞いたような。

 いや、セクハラしてくる面倒なやつってことしかあんまり記憶がなくて。

 リザードマンがその疑問に答えるように、どんと胸を張った。


「新しく捕まえたメスだ」

「また……言い方……」

「突然、襲い来る竜、群れるヴァンパイア……体は鉛のように重く、斧を持つ手は上がらねえ。だが、こいつが襲われてるの見た瞬間、俺の中の何かが沸騰したんだ。信じられないくらいのパワーが湧きあがってよ。こいつを助けるためなら、命なんて惜しくないってな。全部終わって抜け殻だった俺の側にこいつがいたんだ。いいメスなんだ」

「あの……聞いてないけど……」


 リザードマン(オス)は悦に入ったように熱く語る。

 それをリザードマン(メス)が照れたように笑う。

 甘いのは好きだけど、胸やけがするタイプだ。


「羨ましい」

「え?」


 後方から聞こえた思わぬ声に、ぐるんと首を回した。

 視線の先には、しまったという顔をしているウーバが耳まで真っ赤に染めていた。


「……なに?」

「いや、なんでもないです」


 凍てつく視線は、もう聞くなという意味だろう。

 すごすごと体勢を戻そうとして、ディアッチが異様に視線を遠くに飛ばし、背筋を伸ばしていることに気づいた

 ――こっちも聞こえたね。

 私は知らぬふりをしつつ、リザードマンの二人に話を戻す。


「それで、新しい彼女とウェディングケーキを引き取りに?」

「いや、さすがにそれはないぜ、おチビちゃん。まずは藁の上で抱き合って確かめ合わないとな」

「あの、帰ってもらっていいですか?」

「おう、もちろん。だから、キャンセルってことでよろしく!」


 リザードマンは言いたいことだけ言って、くるりと踵を返す。

 二人の腕が絡み合い、何かを囁き合いながら去っていく。


「えぇ……第一号のウェディングケーキがぁ、作ってたのに……」

「仕方ありませんよ、ウィミュ。さすがに付き合って一日目では」


 アテルとウィミュが残念そうに眉を下げる。

 そこに、野太い咳ばらいが一つ聞こえる。

 全員が首を回した。ディアッチだ。


「で、では――我が、買い取るのはどうであろう」

「え? ディアッチが?」


 なぜ? 嫌な予感がする。


「我も、送りたいと思う相手が――」

「それはないと思います……」

「そうです、そうです。相手が可哀そうですよ」

「これはウェディングケーキですよ? 他のカップルのために作ったケーキを、自分のために使おうなんて……ひどい」


 どこからともなく響いたセリフがとても冷たい。

 ディアッチが目を泳がせつつ、小さく反論する。


「し、しかし、これは日ごろの感謝のためで……大きさもちょうどいい――」

「だから、そういうケーキじゃないの」

「感謝とかじゃなくて、嗜虐翁が心の底から結婚したい相手に送るもの!」

「そうだよ! ウェディングケーキは、大きさじゃない!」


 詰め寄る女性陣にディアッチがたじたじになる。

 ちらりとウーバに視線を向けると、彼女は呆れたようにため息をついて、肩をすくめてみせた。

 また評価は0点だろう。

 先は長そうだ。


「なら、僕が買い取るよ」

「プルルス様が?」

「余ったのなら子供にわけてあげよう。怖い思いをしたお祭りの最後を挽回するためにもね」


 プルルスはそう言ってさっとお金をシャロンに手渡した。

 さらに部下に指示を出し、てきぱきとケーキをどこかに運び出していく。

 さすがにリーダー歴が長い。鮮やかな手際だ。


「では……わ、我は見回りにでも」


 ディアッチが恐る恐る店をあとにする。

 意気消沈していて背中が随分小さく見えた。

 でも、きっと大丈夫。


「私も酔ったみたいだし、夜風に当たってくるわ」


 サキュバスが颯爽と追ったからだ。

 彼女がいれば何も問題はない。

 ぜひ、二人でゆっくり話をしてほしいと思う。

 本当の結婚式も近いかもね。



 ***



 しばらくみんなで盛り上がったあと、私はクロスフォーのメンバーを連れてヴィヨンの町を出た。

 全員不思議がったけれど、少しお酒も回っているのか、「久々に四人もいいですわね」と笑うミャンに釣られて笑顔が絶えなかった。

 門の近くにいた門番さん――ふわふわと空中を飛び回るモンスターが「お疲れさまです!」と敬礼してきたので、「警備お疲れ様でーす。これ差し入れ」とカステラを渡しておいた。

 大きいのと小さいのが二匹。

 そういえば、二匹もいたかな? まあいいか。


「どこに行くの?」

「ん? 山の上だよ」

「夜中に町を出るのは久しぶりです。ヴィヨンから脱出したとき以来ですね」

「アテルと出会ったときのことを思い出すなぁ。最初はネズミ料理だったかな」

「それは言わないでください……恥ずかしいです」

「私にとってはいい思い出なんだけど」


 鎮まり返った森の中は、知らない鳥の鳴き声がぼーっと響いたり、足下で虫が鳴いていたりする。

 時折吹いてくる山林の間を抜ける風が、ヴィヨンの祭りの熱気に当てられてほてった頬に冷たく感じる。


「あ、見えた」

「ここって最近話題の聖母の土地じゃない?」

「ウィミュも知ってる! 昼間は人が多くて並ぶって聞いた」

「こんなところになぜリリ様が? 私もいつか行こうと思っていましたが……」


 高さ2メートルほどの柔らかい表情の慈母が小さな赤ん坊を抱えた石像。

 『聖像ドミナ』――最初に呼び出した☆10のモンスターだ。

 彼女は『神聖なる加護』と呼ばれるスキルを持っている。

 それは戦いのためではなく、人に新たなスキルを発現させるスキルだ。

 見守る聖像にふさわしいスキルだと思う。


「みんな、お願いしてみて? 一人一つだけ、新しいスキルを貰えるみたいだよ」


 私はみんなの背中を押して聖像ドミナの前に立たせる。

 戸惑いつつ、三人が祈るような仕草を見せた。

 そして、わっと声を上げた。


「新しいスキルが手に入りました! 《猛毒》、私の毒攻撃が強力に!」


 アテルが自分の手を見つめ、「すごい」とつぶやく。


「ウィミュは《光魔法》! 魔法使いになるっていう目標が近づいたかも!」


 ウサギ耳をぴんと立てたウィミュが、ぴょんぴょんとその場で跳ねる。

 そして――


「ミャンは……何がもらえた?」


 銀帝がいなくなった世界で、キャットピープルの彼女は何を願うだろう。

 ミャンはわずかに俯きつつ、ぽそっとつぶやく。


「《調理》……でしたわ」

「そっか」

「どうして……私だけ、戦闘に向かないスキルが」

「さあ、どうしてだろうね」


 私はうそぶくように言い、微笑みを浮かべた。

 聖像ドミナは、人の願いを見抜くらしい。そして、その人に合った、その人が先に進むためのスキルを与えてくれるのだ。

 ミャンが得たスキルの意味は彼女にしかわからない。

 でも、これだけは言える――☆10のモンスターはこういう感じであってほしい。


「私と一緒に、ちっちゃなケーキ屋さんのパティシエを目指せるね」

「リリさんとパティシエになったら、毎日こき使われそうですわ」

「甘いものを毎日食べて、きっと楽しいよ」

「太らないなら、いいですけど……」


 ミャンは照れくさそうに言って顔を上げた。

 彼女の瞳に後悔は浮かんでいない。声に出さず口だけが動いた。

 ――ありがとうございます。

 聖像ドミナにはきっと伝わっただろう。


「さあ、みんなもスキルを貰えたことだし、ちっちゃなパーティをしようかな」


 アイテムボックスからテーブルを取り出し、ランチクロスを広げた。

 そこに料理の残りや、スイーツなどをてきぱきと並べていく。


「なぜこんなところで?」

「石像に感謝するためだよ」


 私はアテルの質問に笑顔で答えた。

 聖像ドミナは、私の知らないところで敵の侵攻を食い止めてくれていた。

 プルルスから聞いたけれど、本当は『烈剣サカネ』のアンデッドが大量にヴィヨンに攻めてくるはずだったらしい。

 でもプルルスが偵察隊を送ったところ、敵は全滅していた。

 その中で、聖像ドミナが動いている姿が確認されている。


 ――この辺りを守って。弱い者を守って。目立たないように。


 だいぶ前にした私のお願いを、聖像ドミナはずっと守り続けてくれているのだ。


「リリ、カステラが突然消えちゃった!」


 ウィミュの驚いた声が響いた。

 皿の上に積んだカステラが綺麗に消え去っている。

 そして――


『主よ、感謝します』

「感謝するのは私の方だけどね」


 頭の中に響く聖像ドミナの声にこっそり答えて、私はグラスを持ち上げた。

 心なしか、石像の顔がほほ笑んでいるように見えた。



 ***



「ヴァンパイア五柱も壊滅しましたし、銀帝もいなくなりました。リリ様、これからどうしますか?」

「ダンジョン探索は? ウィミュ、魔法使ってみたい」

「それもいいけど、私はさらに甘味の種類を増やしたいかな。アメリのところで、アイスの製造法を教わって、ミャンに覚えてもらう感じで」

「……もう私が専属料理人みたいになってません? 《調理》は貰えましたけど、まだ何もできませんわ」

「そんなことないって……それに、ミャンならすぐ覚えて……あっ!」

「どうしたのリリさん、急に立ち上がって」

「アイランにダックワーズ貰うって言って、ずっと忘れてることに気づいた! 貰わないと」

「そんなことだと思いましたわ……」


 ミャンがため息交じりに言って、頬杖をついた。

 そして――


「そういえば、私の故郷には、大福と呼ばれる甘く茶色いあんこが入ったお菓子がありましたわ」

「おぉっ、和菓子もいい! 大福もみたらし団子も、おはぎも最高!」

「リリさん……甘味については何でも知っているんですね」

「そんなことないって。どれも食べたことないし」

「食べたことがないのに、どうして知っているのかしら?」

「うぇ!? それは……まあ……噂で聞いた」

「へぇ。他はともかく大福は私の国でしか作ってないはずですが……滅んだ国の噂を誰から聞いたんでしょうね」

「まあ、まあ、そういうのは置いとくとして――ミャンの故郷に行くぞぉ!」

「「おぉっ!」」

「甘味を追い求めているうちに、帰れなくなりそう」

「甘味の為には仕方ないね」


 私はこれから出会う甘味を思い浮かべて、満面の笑みを浮かべた。

 真祖は今日もマイペースなのだ。



【End】



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ラストまでお付き合いいただきありがとうございました。

当初のプロットから外れて念入りに描いたキャラクターもいて、とても楽しかったです。

また別の作品でお会いできるのを楽しみにしております。

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転生幼女な真祖さまは最強魔法に興味がない 深田くれと @fukadaKU

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