第26話 ダメ、ダメ、普通


 朱天城が消え去ったあと――

 更地で、のほほんとした気分だった私は何かを見つけた。

 それは古びた本だった。

 よく知っている外観。プルルスが持っていた降臨書だった。

 万能魔法に巻き込まれても残っていたことが驚きだった。

 拾い上げて、中をめくる。


「知らないモンスターがいるなんて」


 ページの三分の一ほどしか埋まっていない。

 私の降臨書には見たこともないモンスターがちらほら掲載されている。

 逆に、よく知っているモンスターもいる。

 興味深くて、ぺらぺらめくっていると、あっさり最終ページにたどり着いた。

 すると、茶色に近いページに、じわっと浮き上がるようにして、絵が現れた。


「プルルスね……」


 ふと、視界の中にメッセージが現れたことに気づいた。

 ――統合しますか?

 何を、とは書いてないけれど、降臨書のことに間違いないだろう。

 少しだけ迷ってから、統合する、と口に出した。

 プルルスが持っていた降臨書が、他の人には見えない私の降臨書に吸い込まれた。

 分厚い本を横から覗くと、ところどころページが光っている。

 順にめくった。思ったとおり、新しいモンスターたちが、増えていた。


「アップデートか、エキスパンションのどっちかかなぁ」


 私は腕組みをして、首をかしげる。

 もし、プルルスの降臨書が、私の知らないアップデート以降のゲーム内容を反映していたり、エキスパンション以後のものなら、知らないモンスターがいる理由はよくわかる。

 ただ、確認する術はない。

 『Ver3.00』のような、明らかな更新は記載されていない。


「こっちの世界で独自の進化でもしたのかなぁ」


 降臨書に意思が芽生え、勝手に新しいモンスターを生み出した可能性もゼロではない。

 でも、一番気になることは――


「誰か、他のプレイヤーがいたかもしれないってことだよねー」


 もしかするとプルルスもそうだったのかもしれない。

 私がヴァンパイア・リリーンになったように、そのプレイヤーは転生してプルルスになったのかもしれない。

 そういうことなら、降臨書を使えたことも納得する。

 けれど、もしそうなら、そのプレイヤーは私と違うタイミングでやってきたことになる。

 私が知らないアップデート後に転生して、私より早くこの世界に入れるだろうか。


「少なくとも、私ほど廃ゲーマーじゃなかったってことは、わかるけどさ……」


 全ページが埋まるはずの降臨書で、半分も埋まっていなかった。

 普通に考えればストーリー中盤くらいでゲームを止めたのだろう。


「まあ、考えても仕方ないか。よしっ、プルルス呼び出そうっと」


 降臨書のページを開き、いつも通りゲーム内のお金を消費しようとした。

 そこには、金額が二段書きになっていた。

 元々の金額と、この世界の金額だ。どっちも桁外れで嫌になる。☆6でこれとは。


「主よ」


 その声は、げんなりしている私の頭上から降ってきた。

 最近聞きなれている太い声。ディアッチだ。隣にはサキュバスのウーバがいる。


「御礼を申し上げに――」

「いらない。私が勝手にやったことだし」

「ほ、本当に、プルルスを倒したの?」


 ウーバは変わり果てた朱天城を驚愕の表情で見渡し、プルルスがいるのでは、と念入りに気配を探っている。

 私は、「ここにいるよ」と降臨書のページを開いた。


「ここにって、どこに!?」


 やはり見えないらしい。私の降臨書は恥ずかしがり屋のようだ。


「ごめん、嘘」

「驚かせないで! プルルスが生きていたら、裏切った私は即座に殺されるわ」

「ねえ、ディアッチ、お金持ってない?」


 頑強な黒い体に、蛇の尾を持つ四つ足の牛のモンスターが「どのくらいですか?」と訊いた。

 私は、途方もない金貨の枚数を告げた。

 ディアッチが苦し気に息を吐いた。


「さすがに、その枚数は……ただ、この朱天城の地下にはあると思います」

「えっ、ほんとに?」

「プルルスは毎月、大量の上納金を人間に収めさせておりました」

「それいいね。よし、掘ろう。ディアッチも手伝ってくれる?」

「お安い御用です」


 私は、ウーバをじっと見つめた。

 彼女は、びくっと身体を強張らせて、こくんと頷いた。


「『真祖』に逆らうわけ、ないでしょ。ほ、ほんとに……あなた何者なのよ」


 ディアッチに私のことを教えてもらったようだ。

 よし、労働力は確保できた。

 私たち三人は、泥まみれになって地下を漁った。

 まさか、プルルスを倒したあとの最初の仕事が、金貨探しになるとは。


 ***


 金貨は大量に見つかった。

 地下は運よく被害が少なかった。万能魔法は、範囲を消滅させるので、瓦礫が少なかったことが幸いした。


「主よ、大量の金貨をどうなさるのですか?」

「こうするの――出でよ、プルルス!」

「ひぃぃぃぃぃぃっっっぅ!?」


 ウーバが金切り声をあげて、へたり込んだ。

 ちょうど、彼女の真正面にプルルスが現れたからだ。

 もちろん、わざとじゃない。偶然だ。


「おぉ、これが、真祖のお力か。金貨と引き換えに、新たな命を生み出すとは」

「そんなに大したことじゃないよ」


 ディアッチは自分も同じだとは思っていないらしい。


「ウーバも安心して。悪い奴じゃないから」


 いや、本当にそうかな?

 ディアッチと違って、魔王みたいな性格だったらどうしよう。

 一応、説明には『ヴァンパイアを愛し、自らヴァンパイアとなったのち、ヴァンパイアのすばらしさを布教した』と書かれている。教祖というのもうなずける。

 ちょっとした、ヴァンパイアオタクと言ってもいい。


「プルルス、私がわかる?」


 プルルスは「もちろん」と、腰までの長さの黒い長髪を揺らして頷いた。

 大丈夫そうだ。これからは『白』プルルスと呼ぼう。


「そこにいる、二人のことは覚えてる?」

「はい。ディアッチとウーバ。僕の部下だね」

「おっ、良い感じ」


 ディアッチの時と違って、口調や声のトーンが、本人そのものだ。

 ダメだったら第二案でディアッチ国王計画も考えていたけれど、これなら任せられそう。

 練習はいらなさそうだ。


「あの……プルルス様、お、怒ってないのですか?」


 ウーバがディアッチの太い足に身を寄せて、小声で尋ねた。

 プルルスが、そっと近づいて――突然ハグをした。

 ウーバの顔が真っ青になった。


「怒るなんてとんでもない。大事な仲間なんだし」

「ひぃっ――っ!?」


 ウーバが目を白黒させて、がちがちに固まった。

 気持ちはわかる。

 黒プルルスから白プルルスへの変化が急すぎる。

 まあ、ディアッチもあんな感じだったけど。


「ちょっと、プルルス、やめなさい」

「どうして?」

「あのね、そういう愛情表現は、簡単にしちゃダメなの。部下が怖がる」

「どうして?」

「そういうものなの」

「そうなんだ……じゃあ」


 プルルスが邪気のない顔で近づいてきた。

 わきに手を入れられ、小さな体がぐっと持ち上げられた。

 この年齢で、高い高い、を経験するとは。


「なに……してるの?」

「部下じゃないなら、いいかなって。主様、小さいね」

「ほっといて。早く、下ろしなさい」

「ええ、僕は、主様をギュッとしたいのに」

「私はされたくないの。屈辱」


 ちぇっ、と拗ねたプルルス。アピールしているらしい。

 こちらをちらりと見て、こつんと小石を蹴った。

 その石が、遥か遠くに見える家の屋根を貫通していった。

 手加減を知らない☆6はこれだから嫌になる。


 ――やっぱり、ダメかもしれない。完全に小さな子供だ。

 降臨書から呼び出すと、何か変化が加わってしまうのだろう。


「ディアッチ、お願いがあるの」

「はっ! 何なりと」

「プルルスの補佐をしてくれる? 過度な愛情表現は、止めて。外向きは良い王になれるように教えてあげて」

「承知しました」


 びしっと敬礼するディアッチはたのもしい。

 二人で練習したかいがあった。

 ウーバは、この世の終わりを見るような目で、プルルスを遠巻きに観察している。

 そして、プルルスはにこにこしている。

 あれ? もしかしてディアッチを王に指名した方が早かったかな。


「……ま、まあ呼び出しちゃったし、いいか」


 早速、ディアッチとプルルスが何かを話している。

 仲が良いなら、それでいいだろう。

 以前のようなことには、ならないはずだ。


「主様、ディアッチと相談したんだけど」

「なに?」

「朱天城がどうして無くなったかの理由だけどね」

「うんうん。みんな気になるでしょうね」

「主様の怒りを買って神罰を受けた、ってことでいいかな?」

「いいわけないでしょ。私は、神かなにかなの? ねえ?」

「神以上?」


 思わずため息が漏れた。

 二人で相談して出した答えがそれなのか。

 ウーバが、がたがた震えて、私を見ている。

 余計な情報を与えないでほしい。


「そんなの適当に、引っ越しする予定だった、とか言っといて。神罰は禁止、私の名前を出すのも禁止」

「えぇ、僕は名を広めたい」

「言うこと聞きなさい」

「えぇ……」


 白プルルス、だいぶ不安だ。

 でも、私がずっとそばにいるわけにはいかない。

 私には、甘味巡りという使命が残されているから。

 私以上に、常識人っぽい人に見てもらえたらいいのに――


「はっ――いた、いた、いた! こんなに近くにいた!」

「えっ、えっ、なになになに!? ちょっと、触らないでっ!? 力、つよっ! 真祖怖いっ!」

「お願いしても……いい?」

「い、嫌よ、何か知らないけど」

「本当に、本当にお願い。ウーバしか頼る人がいないの」

「そ、そんなに……可愛い感じで言っても無駄よ……、私、可愛いものには弱いけど、それとこれとは……」

「今度、カステラ奢るから。プレーンとイチゴ一本ずつ」

「この私を、買収できると思うの?」

「どうしても、ダメ?」


 ウーバの両手を離した。

 かくなる上は――


「ちょ、どうして、遮魔布を外したわけっ!? 目が紅い!?」

「え? ど、どうしてだろうねー」

「私に、催眠をかけようって言うんじゃないでしょうね!」

「そんなことないよー」

「白々しい! 言うこと聞かないからって、ヴァンパイアの武器を使おうなんて!」

「くっ、ばれたら仕方ない。プルルス、ウーバを捕まえて! ディアッチも協力!」

「了解」「りょーかーい」

「いやぁぁぁ!? どうして協力するの!? あなたたち、全員怖いぃぃ」


 ウーバは必死に逃げ、私たちは必死にお願いした。

 そして努力は実を結ぶ。能力はもちろん使っていない。

 彼女は、プルルスとディアッチのご意見役となってくれたのだ。

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