第27話 日常が戻ってきたぞー! やったぞー?

 アテルもウィミュも、ミャンもワルマーもみんな無事だった。

 心の底から、ほっとした。

 わんちゃんのフルーツ屋に戻ると、ミャンが抱き着いてきた。

「無事で良かったですわ。一人で行くなんて心配させないで」

「大丈夫。ちゃんとケリをつけてきたから」

 ブイサインを見せると、彼女は「まったく、強いにも限度がありますわ」と朗らかに笑った。

 一方、ワルマーは「無茶するんじゃねえ」と口をへの字に曲げていた。

 勝手に行って片づけてきたことにご立腹らしい。

 ただ、こっそり私に近づいてきて、「どうやったら、あのプルルスを改心させられるんだ?」と本気で興味津々だった。


「指導の賜物だから」

「ディアッチの時も言ったが、それないからな! 指導でプルルスが変わってたまるか」

「じゃあ、ワルマーも、私の指導を受けてみる?」

「……え?」

「変わらないって信じてるんでしょ?」


 ワルマーがぎょっとして後ずさった。

 私は悪役みたいな笑みを浮かべてそろそろと近づいていく。


「お、俺はそういうの信じてないから」

「大丈夫、大丈夫。三分で終わるから」

「三分!?」

「目をつぶってるうちに、とっても良い人になれるかも」

「俺は、もともと悪いことはしてねえ!」

「ほんとにぃ?」

「ほんとだ!」


 ワルマーが逃げ出した。

 ちょっとは怖いらしい。

 まあ、ディアッチとプルルスを見てたら、そう思うよね。


「リリ様、お帰りなさい。ありがとうございました」

「アテルもケガない?」

「はい。私たちは、全然。でも――私もちょっぴり、リリ様の指導には興味があります。だって、ディアッチはともかく、プルルスのあれは無いと思います」

「確かに……私も、血を吸われかけましたけど、別人にしか思えませんでしたわ。ほんとのところ、リリさんは何をしたのですか?」


 ミャンがのぞき込むように体を曲げた。


「ちょっとだけ、きっついお仕置きかな」

「……あなたの見た目で、きついお仕置きなんて想像できませんわ」

「そう? 私、結構やっちゃう人だよ」

「そんなの、どっちでもいいじゃん。とにかく、リリ、おかえりー」


 ウィミュが近寄ってきて小さなタオルを私の顔に当てた。

 水でしめらせていて、ひんやり冷たい。


「顔、汚れてるよ。遮魔布にも砂がついてるから洗おうね」

「ありがとう。ウィミュ」

「どういたしまして」

「リリ様、私も服を用意しています! その猫耳つきの黒いワンピースも良いですが、砂で白くなっていますので」


 どこに持っていたのだろう。

 アテルがさっと、左手を出した。畳んだ服。右手には黒いカチューシャ。

 服は、セパレートの黒いスカートと肩を露出させた白いシャツ。

 あえて、黒と白を交互に合わせた服だろう。

 私の髪の色に黒いカチューシャはよく映える。


「さあ、こちらへどうぞ。お手伝いを――」

「いらない。一人でできる」

「そんなぁ!? 背中のホック上がります?」

「ぜーんぶ自分でできるから、あっち行って」

「ひどいです、ひどいです。私、ずっとリリ様に似合う服を考えて用意したのに」

「それとこれとは話が別よ。とりあえず、服はありがとう」


 打ちひしがれるアテルを置いて、店の奥に向かう。

 ワルマーが部屋を一つ用意してくれていた。

 そして、私は入ってから後悔する。

 壁際に色とりどりの洋服が用意されているじゃないか。

 しかも、サイズはどう見ても私向けだ。


「あの子、私を着せ替え人形か何かと思ってるかもね。今度、また叱らないと」


 ため息をついて、さっと服を着替えた。

 一度だけ鏡の前で回って、自分の姿に見惚れたのは内緒だ。

 その後、アテルは目を輝かせて私に付きまとっていた。


 ***


 一週間が経った。

 私は、町を見回りながら果物を差し入れる仕事をしている。

 白プルルスの指示もあり、壊れた町は徐々に復興を遂げている。あちこちで金づちを叩く音や、新しい木材を運搬している馬車が走っている。

 壁を補修する左官や、商魂たくましく労働者に物を売る人など様々だ。

 もちろん、黒プルルスの配下に襲われてしまった人もいたけれど、被害はとても小さかった。

 その理由はすぐにわかった。

 町中を歩いていると、あちこちから噂話が聞こえるからだ。

「白い羽の人が助けてくれたの」

「神様を見た」

「雷を操る姿がとっても格好良かった」

 大天使ウリエルだ。

 戦場を目にも止まらぬ速度で飛び回り、雷を落として離脱。

 さらに、ケガを負った人がいれば、天使の祝福で一瞬にして回復。

 じっくり姿を見ているわけでもないのに、甘いマスクのせいもあるのか、噂はどんどん広がっている。


「大天使、かっこいいもんねー」


 私は独り言ちた。

 日が高くなる時間帯だった。

 そういえば、見回るのに夢中で、朝から一度も休憩していなかった。

 ちょっとくらいはいいかと思って、適当な喫茶店に入った。

 広さを重視した店だ。

 テラス席に簡易のタープを張ったスペースがあった。外を眺めながら飲み物をいただけるらしい。


「シフォンケーキとコーヒー」


 奥にいた店員に注文すると、キャットピープルの女性が「すぐに用意しまーす」と威勢よく返事をしてくれた。

 他の店員も忙しく働きながら、注文をとっている。

 リクライニングできるウッドチェアに腰かけ、路上をせわしく歩く人たちの往来を眺める。

 束の間の休息。

 仲間はみんなワルマーの店で働いている。ミャンも最初は渋っていたけれど、「リリさんの側が、一番強くなれる気がしますわ」と言って、一緒に行動することに決めたそうだ。

 その際にとんでもないことを言っていたけど、諦めてくれただろうか。


「シフォンケーキとコーヒーです。シスターも休憩ですか?」

「遮魔布をつけてるけど、私はシスターじゃないの」

「そうだったんですね」


 視線をキャットピープルの女性に向けた。

 肌の色は浅黒く、とても健康的な女性だ。


「シスターに友達でも?」

「そういうわけではないんですけど、よくシスターの皆さんが来られるので」

「え? この店に?」

「はい! いつも、ピンチョスをたくさん注文されるんです」

「ピンチョス?」


 なにそれ?

 どこかで聞いたような、知らないような。


「ご存知ないですか? あれですよ」


 女性が視線を隣のテーブルに向けた。

 カップルが料理をわけあっている。

 二人の間には、一口サイズのカラフルな野菜やチーズ、生ハムを串で挿して盛りつけたものがあった。

 土台となるチーズなどの上に具を乗せた食べ物。色鮮やかで食欲をそそる。


「七種類のこだわりピンチョス、っていう料理なんです。ワインとよく合うって言ってくれて」

「そ、そうなのね……ワインも昼から飲むの?」

「ええ!」


 女性は屈託のない笑みを浮かべた。

 どこか羨望の眼差しに近いものを感じる。

 いや、それより――シスターすごいな。

 見かけとのギャップがすごい。昼からワインとおしゃれな串料理を楽しむなんて、武闘派かと思いきや、意外と乙女だ。


「ごゆっくりどうぞ」


 女性が去っていった。

 と、思ったのだが、少し困惑顔で戻ってきた。


「お連れ様がお見えになりました」

「連れ?」


 案内されてきたのは、黒いスーツに身を包んだ優男だった。

 店内で浮きまくるイケメンは、そんなことを微塵も気にする素振りを見せず、「僕は水を」と女性店員に告げた。


「すぐにお持ちします!」


 女性の横顔がとろけていくようだった。

 声も顔もスタイルも完璧な男なのだ。仕方ない。

 彼はきざったらしい笑みを浮かべて彼女を見送り――私に向かって真顔になった。


「座らせていただいて宜しいでしょうか?」

「早く座って。目立つから」

「ウリエルです」

「知ってるから。え? なにその自己紹介? 気づかないって思ったの?」

「人間は、羽が無くなっただけで僕と気づかなくなるようなので」

「そうなの? どう見ても、ウリエルはウリエルでしょ」


 こんな超絶完璧な大天使が、そう何人もいてたまるかっていうの。

 ゲーム内のお金を大量に使わないと呼べないモンスターなんだし。

 私はコーヒーを啜って気楽な感じで尋ねた。


「あなた、今までどこにいたの?」

「地面の中で寝ていました」

「……へ?」

「主様の命令は完遂致しましたので」

「え? あれから、ずっと寝てたの? 土の中で?」


 ウリエルが真顔で「はい」と首を縦に振った。

 思わず、ぽかんと口をあけてしまった。

 大天使だから、空に浮かんでたのかと思いきや、土の中とは。

 セミの幼虫かな?


「ですが、僕を呼ぶ声で目を覚ましました」

「私は、呼んでないけど」

「別の人間です。彼女は土から這い出た僕を見るなり、『真祖』様と、すがるように膝から崩れ落ちました」

「そ、そう……」

「彼女は涙ながらに、ようやく会えましたと、何度も言うのです。真祖ではないと伝えたのですが、彼女は信じないどころか、次第に僕を『神』と崇めるようになりました。大天使は天使であって――絶対に神にはなれません」


 ウリエルは、心苦しそうに視線を下げた。

 地面から這い出る神とか嫌だな。


「なにが言いたいの?」

「神は――主様です」

「いや、そういう冗談いらないし、私は神パス」

「神パス……そういうお名前だったのですね」

「は?」


 ダメだ。

 大天使もダメなやつかもしれない。

 せっかくのんびりしていたのに、頭痛がしてきた。


「……もういい。で、今日は、何を伝えにきたの?」

「主様の指示がない間は、その人間たちの手伝いをしてもよろしいでしょうか? 矮小な僕を信じる彼女たちを見捨てるのは、忍びないと思ったのです」


 大天使ウリエルは意外と世話焼きで律儀なタイプだった。

 暴れまわりたいとかではないので、全然問題ない。

 ちょっと肩の力が抜けた。

 真面目な顔をするから、もっと重大な話かと思ってプレッシャーを感じていたのだ。


「あ、あの……水をお持ちしました」

「ありがとう。お嬢さん」

「は、はい!」


 話が一区切りするタイミングをうかがっていたのだろう。

 女性店員が、震える手でグラスの水を置いた。彼女も別のプレッシャーを感じているらしい。

 大天使のプレッシャーとかあったかな。

 真顔に戻ったウリエルの視線を受けつつ、私はシフォンケーキを口に放り込んだ。


「それくらい、好きにしたらいいよ。でも、助けてほしいときはお願い聞いてね」

「ありがとうございます! ご許可をいただけるのですね!」

「そんなに大層な話じゃないって」


 ウリエルが相好を崩して、大きな安堵の息を漏らした。

 大天使にこんな顔をさせる私は、鬼か、と思わず苦笑した。


「一応、彼女たちにも伝えてくださいますか? 僕が言ってもなかなか信じてくれなくて」

「……?」

「『真祖』様に、きちんとご許可をいただけたら、協力すると言ってあるのです!」

「ちょっと待って!」

「外に待たせています。今日は二人で確認したいと」


 待て待て待て。

 それは、許可をとれるかどうかじゃなくて、『真祖』は誰か、って話じゃない!?

 視線を入口に向けた。ちょうど大柄なシスターと小柄なシスターが入ってきた。

 やばい。

 あのナイフさんじゃないか。相変わらずカチャカチャやっている。


「主様、どこへ?」

「面倒だから逃げる。お金はここに置いとくから、支払いはよろしく。それと、私にしばらく近づかないように。あとは好きにしてよし。わかった?」

「新しい指示ですね。承知致しました」


 私は、飛ぶように店を出た。

 一歩出れば歩道だ。

 せっかくの休憩だったのに、とんだ災難だ。

 七種類のこだわりピンチョス――食べてみたかったのに。

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