第25話 あっちもこっちも、どうなってるの!?
朱天城が忽然と消え去ってから数十分。
プルルス配下のモンスターたちは、混乱の渦の中にあった。
どういう状況なのか、まったくわからず、しかも司令塔となるはずのプルルスが直々に用意したモンスターが塵のように消えたのだ。
けれど、単純な任務であったため、かろうじて戦線を維持していた。
事前に渡されたリストの人物を消す。
ヴァンパイア、獣人、亜人。
種族は様々だったが、共通してプルルスに反逆した人物たちだった。
キツネ狩りという作戦を当日に知ったヴァンパイアの一人――黄色い髪の少女、若いモラは、震えあがった。
「殺すんですか!?」
「そうだ。お前たちにもノルマを与える」
「殺す相手の顔も知らされないのに!?」
「そうだ。お前たちは知る必要はない。行けばわかる」
「私たち以外に誰が参加するんですか!?」
「全員だと言った」
プルルス直轄のモンスターは、取り付く島もなく、恐ろしいことを言う。
知らない人物を二日以内に消せという命令だけが下った。
直轄モンスターは、全員が感情を感じられないから、ひどく怖い。
そして、集められたメンバーは、ほぼ全員だった。城の者も、町で暮らしている者も。
プルルスの部下全員が、参集されていたのだった。
モラは田舎から、贄としてプルルスに差し出された。
初めて城に連れていかれ、骨のインテリアを見て気絶した。
そのせいで運良く、血を吸われるのを先延ばしにされたが、次の日に連れていかれ、プルルスの周囲のモンスターを見て気絶。
さらに次の日、プルルスの前に立って気絶。
「君、どれだけ怖がりなんだい?」
薄っすら聞こえた声はよく覚えている。これで死んだな、と思ったからだ。
けれど、幸か不幸か、モラは生きていた。
すべての血を吸われるのではなく、ヴァンパイアとして生まれ変わっていたのだ。
何が気に入られたのかは、未だにわかっていない。
「みなさん、私が、指揮します!」
威勢の良い声をあげたモラの足は震えていた。
でも、プルルスの命令をこなさなければ、間違いなく全員処分される。
「ついてきてください!」
モラはそこら辺に落ちていた槍を拾い上げた。直轄モンスターが遺したものだ。
慣れない柄の感覚が、モラの緊張感を引き上げる。
この隊の先輩――異形のモンスターを全員知っているわけじゃない。
けれど、放っておけば同じ運命だ。
「朱天城が無くなったんだぞ……」
「プルルス様はきまぐれです! きっと、建て直したくなったんです!」
意気消沈している先輩を、思いついた理由で鼓舞した。
「直轄モンスターが消えたんだ。たぶんプルルス様に何かあったんだ」
「直轄モンスターも、戦いが嫌で田舎に帰りたくなるときがあります!」
不安に揺れる仲間を、私だったらと置き換えて、答えてみた。
モラは真剣だった。
「そんな、ばかな」
「モラにわかるはずがないだろ」
「違うかもしれません! でも、私たちには――任されたお仕事があります! やりましょう、皆さん。そうじゃないと――今日で私たちは終わりです!」
そう言ったモラは、震える足を叱咤して、槍を前方に突き出した。
背後で「しゃあねえな」と、しぶしぶ言った者がいた。
「一番若いやつが、何をはりきってやがる。俺たちは、どうせ駒なんだぜ」
古株のモンスターが立ち上がった。
次々と全員が同じ方向を見た。
モラが、声を張った。
「目的地はすぐそこです!」
***
標的は右の通路に出て、すぐ見える古い建物。
看板が目に入った。
『わんちゃんのフルーツ屋』
ここに、プルルスに反逆した愚か者が住んでいる。
しかも、別の反逆者を匿っていると言う。
モラは、このタイミングでとても大事なことを思い出した。
敵の人数は二人と聞いているが、名前を知らない。
直轄モンスターは「行けばわかる」と言っていただけで、標的の場所しか知らされていない。
「ちょっと待ってください」
「どうした、モラ? 怖気づいたか?」
「違います、違います! 私、敵の名前知らないんです」
「ったく抜けてやがるな。あれだけ威勢のいいこと言ってたのに。ほら、貸してみろ」
古参のモンスターがリストをひったくるように取った。
続々と後方から隊のメンバーも追いついてきた。
幸い、全員がシスターたちに襲われなかったようだ。
「おい、ちょっと待てよ、ここって」
獣人の一人が、目をまん丸にしてつぶやいた。
次々と声が聞こえる。
「冗談きついぜ」
「だから、嫌だったんだ」
「あの、みなさん、ここ、知ってるんですか?」
モラの問いに答えるかわりに、哀れみや悲哀の視線が返った。
胸の中が、もやもやした。
嫌な予感がする。
「ここって――」
「俺の店だ。モラ」
離れた店から、誰かが出てきた。
一般人はすでに避難している。ひと気のない場所に、その声は重々しく響いた。
モラは振り返って青ざめた。
「わ、ワルマーさん」
背の高い獣人――ワーウルフだった。
鍛え上げられた体躯に銀色のたてがみ。
トレードマークの黒いはちまきは、忘れない。
モラの理解者であり、戦いの先生だった人だ。何より、とても強い。
「最悪だぜ、ほんとに」
「教官が出てくるとか、どんな悪夢だよ」
「やる気になった途端に、地獄とはな。天罰てきめんだな」
モンスターたちが、あきらめた顔で愚痴る。
気持ちは痛いほど、わかった。
恩もある。情もある。
そんな人を敵として殺せ、だなんて。
ワルマーが、三又の槍をくるんと頭上で回転させた。
動きを覚えている。一番得意な武器だ。戦い方を忘れていない証拠だ。
銀色に輝く穂先が、すうっと上から降りて――ぴたりとモラに向けられて止まった。
「モラ、俺と戦うか?」
「そ、それは――」
ヴァンパイアになった日、モラは誰もいない広間で、ひたすら笑っていた。
笑うしか、現実逃避する術を知らなかった。
それを見ていたワルマーは、彼女の首根っこを掴んで水場に連れて行き、頭から水をかぶせた。
――どうだ、気持ちいいだろ?
――あの、こういう時って、慰めてくれたりとかしないんですか?
――笑ってばかりで、トマトみたいに顔が赤かったから、冷やしてやっただけだ。だいたい、何を慰めろって?
――ヴァンパイアに、されちゃったこと、とか。
――俺にどうにかできるわけないだろ。お前がどうやって連れてこられたか知らないが、贄に選ばれるって覚悟してきたんだろ。
――追い出されただけです。一番、私が適任だとか言われて。
――道中で逃げようとしなかったんなら、諦めろ。お前の選択の結果だ。
――この城って、冷たいモンスターばっかりなんですね。
――そうじゃないやつもちゃんといる。紹介してやる。お前と同じ境遇の――
「アテルっ!?」
水色の髪をボブにした少女。モラのかつての話相手で、友達だ。
彼女の瞳は紅く輝いている。戦闘態勢だ。
朱天城から逃げたと聞いていた。悲しかったが、理解はできた。
でも、まさかこんなところにいるなんて。
「久しぶり、モラ。とは言っても、そんなに時間は経っていませんけどね」
「あ、あなたが、ワルマーと組んで反逆したの?」
アテルがくすりと笑みをこぼした。
何も心配していないと言わんばかりの、場にそぐわない綺麗な顔だった。
「反逆、しちゃいましたね」
「しちゃいました、って! どうして!? プルルスの怖さは知ってるよね!」
「知ってるけど、それ以上のものが見つかったから。あっ、怖いって意味じゃないですよ」
「どういうこと?」
アテルがワルマーの方に視線を送った。
ワルマーが油断なく槍を構えながら周囲を見回した。
「聞け、プルルスは――死んだ」
その一言に、誰もが絶句した。
モラが口を開こうとした。
一歩早く、後ろから声が飛んだ。悲愴感に満ちたものだった。
「嘘だっ! プルルスが死ぬなんてありえない!」
「俺も、昨日まではあり得ないと思っていた。だが、朱天城がなくなって、わかった。あいつは――死んだ」
「しょ、証拠は!? 証拠はあるんですか!?」
モラが慌てて口を挟んだ。
もし、本当にプルルスが死んだのなら、この戦いを避けられるかもしれないからだ。
けれど、
「証拠はない」
期待は裏切られた。
ワルマーは首を横に振っていた。
視線がわずかに落ちた。
「証拠はないが、死んだはずだ」
「朱天城がなくなったからですか?」
「そうだ。あれは、あいつの居城。それが無くなったからには――」
「全部、推測じゃないですか!」
「その通りだ。もし、お前たちが信じられないなら――無駄な戦いが始まる。俺たちも、簡単にやられるわけにはいかないからな」
ワルマーの視線が鋭くなった。
それだけで、モラを含めた全員が硬直した。
店から、誰かが出てきた。桃色の髪のウサギ族の少女と、赤茶色のくせっ毛の小柄な女の子。二人とも、気乗りしないような顔で、ワルマーの後ろで構えた。
一触即発の、その時――
「全員、武器を収めて」
通りの奥から、誰かがやってきた。
てっきり、ワルマーに言ったのだと思ったが、その言葉はモラたちに向けたものだった。
モラは即座に膝をついた。
後ろの者たちも同様だった。
ワルマーは嘘をついていた――そう思った。
でも、次の言葉に耳を疑った。
「戦いは、もう終わりだ。全員、撤退と、町の復興を」
黒い長髪を腰まで伸ばし、白い法衣に身を包んだ人物。
プルルス本人だった。
ワルマーたちの顔色が変わったのを見て、片手を振って言った。
「ああ、大丈夫。君たちに危害を加える気はないから――主に誓ってね」
モラは、最後の言葉を聞きとれなかった。
けれど、ぼんやりと、流れが変わったことを感じた。
アテルがワルマーに何か耳打ちする。「ありえない」と叫んだようだが、何を聞いたのだろう。
「さあ、急いで。全員で配下に伝えて。僕が、『もう終わり』って言ったって」
「しょ、承知しました」
モラはそっとプルルスを見つめた。
どことなく柔和で、落ち着く雰囲気だ。
と、空に影ができた。
何かが降りてきた。それは、嗜虐翁ディアッチだった。
一番の反逆者のはず。生きていることが驚きだった。
「プルルス様、王族には、あらかた伝え終わりました」
「悪かったね。人間側に伝言を頼むなんて。大した仕事でもないのに」
「主の望みとあれば、是非もありません」
「そうだね。本当に――その通りだよ」
何かおかしい。
モラは短い会話で、歯車がかみ合っていないような感覚を得ていた。
プルルスに反旗を翻したディアッチが、どうして今、仲良くしゃべっているのか。
伝え聞いた話では、絶縁したはずだ。
しかも、「厳命だから」と念押しされていた作戦が、どうして簡単に撤回されてしまったのか。
モラは深みにはまりそうな思考を振り払った。そして、すべてを胸の奥に閉じ込めた。
ワルマーとも、アテルとも、戦わないで済むならそれでいい。
元々、ひどい作戦だったのだ。
モラは、意を決して、恐る恐る尋ねた。
「プルルス様、質問をさせていただいて宜しいでしょうか」
「ん? 何だい?」
やっぱり違う。
以前のプルルスなら、即座に機嫌を損ねている。
外観は同じ――いや、いつも大事に抱えていた本が無かった。
「朱天城はどうなったのでしょうか? 私たちは、これからどこで働けば良いでしょうか?」
「えっとね……」
プルルスは悩んでいるように見えた。
「城は、気に入らなかったから、建て直すことに決めたんだ」
「……は?」
その言葉は、モラが思いつきで仲間に言った内容だった。
本当にそんなことが――
「だから、当分、君たちの住む場所はない。もちろん、僕の家もない」
「……本当ですか?」
「本当だよ。そっか、町の復興は急がないといけないけど、せめてみんなが住むところを確保しないとね。よしっ、モラたちは、建築作業だな」
「け、建築ですか? 恐れながら、城などを作った経験がないので……うまくできるかどうか……」
プルルスはそれを聞いて、苦笑いする。
見たこともない表情だ。
「城じゃなくていいんだよ。みんなが住めればそれでいい。せっかくだから、平屋にしようか。敷地は広いし、階段を昇るのも面倒だしね」
「プルルス様が庶民と同じ、平屋に住まわれるのですか!?」
「いい案だろ。ディアッチはどう思う?」
「掃除も減らせますし、とても良い案かと」
プルルスとディアッチが声をあげて笑った。
モラは、何がなんだかわからなくなってしまった。
まるで別人の冗談を聞かされているようだ。
「さあ、急ごう。無駄な戦いは終わりだ」
朗らかな声で言うプルルスの横顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
モラの隊は大混乱の中で、伝令に走った。
もちろん、全員が同じことを思っていた。
――プルルスは、頭を打っておかしくなった、と。
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