第24話 みなに告ぐ。真祖がきたぞー!

 中年の女性が戦っていた。

 遮魔布を着けたシスター、ウェイリーンだ。

 彼女は、背中の大剣を流れるように抜刀し、高笑いしているモンスターに向けて振り下ろした。

 切断。

 断末魔の声に耳を貸さず、そのまま横薙ぎに振り抜く。

 額には汗が流れ、腕は震えている。

 多勢に無勢。真祖教会のトップは、歯を食いしばって吠える。


「抜かせるな! ここを突破されたらあとがない! 押し返せ!」


 あちこちで乙女たちの返事が聞こえる。


「ナリアリ、武器を変えな。こいつらはナイフじゃ厳しい」

「嫌ですわ、ウェイリーン。これは、私の矜持であり、存在意義ですもの。この輝き、間合いの近さ、芸術美。ナイフこそ、至高なのです」


 黒髪の少女は、額に髪を貼りつけたまま、駆ける。

 じぐざぐに高速の移動を繰り返し、自分の体の数倍はあろうかという巨体に跳びかかり、躊躇なく首筋に突き刺した。

 血が噴き出した。けれど、もう、その場にはいない。

 お面をかぶっているように笑顔を固定しながら、モンスターの体を蹴って、次の敵に跳びかかる。修羅のようだ。

 集団の一部が慌てたのが見えた。

 ウェイリーンの瞳が鋭くなった。


「私に続きなっ! 一気に突き崩すよ!」


 大剣を横っ腹で固定し、どん、っと大地を蹴った。

 単純で強力な、突き技だ。

 スキルを乗せた彼女の刃が数匹を貫き、さらに押し込んでいく。


「おおおぉぉぉぉっっ!」


 次々と串刺しにされるモンスターが増え、とうとう足が止まる。

 乱暴に振り回し、それらを放り投げ、再度構えて、集団の中で暴れまわった。

 形勢は拮抗し始めていた。

 ウェイリーンも手ごたえを感じていた。

 真祖教会の総本山。ここだけは守らなければならないのだ。

 遥か昔、すべてを支配し、すべてを守っていた『真祖』の歴史を語り継ぐ場所として。

 真祖は、血を吸わなかった。元はヴァンパイアではなかったとも言われている。

 真祖は、分け隔てなく愛された者だった。

 教祖プルルスは「自分が真祖」だと教えを説いているが、真祖教会からすれば業腹だ。

 『真祖』とは、なろうとして、なれるものではない。

 世界に選ばれるのだ。

 過去、為政者のヴァンパイアたちは、そんな完璧な存在の『真祖』を妬み、ついには殺害したと伝えられている。

 そんな者の末裔に、理由もなく真祖教会を潰されてたまるものか。


「ナリアリっ、一人で行くんじゃない!」


 ウェイリーンはありったけの声で怒鳴った。

 彼女の背中がすでに小さく見えていたからだ。

 類まれな才能があるシスターだ。いつもなら、任せているところだが、今はまずい。

 案の定、集団に囲まれたナリアリが足を止められてしまった。

 と、その時――

 奥で何かが立ち上がった。

 かなりの巨体の鬼だった。嗜虐翁ディアッチに匹敵するだろう。

 思わず息を呑んだ。

 鬼が、手に持った太い棍棒を振るった。圧倒的な威力だった。


「全員、下がりな!」


 その声は遅かった。

 シスターたちの多くが、すでに吹き飛ばされていた。

 ウェイリーンが大剣を捨てて走った。

 鬼は二撃目の準備をするかのように、棍棒を後ろに引いた。

 助けられる範囲のシスターの服を掴んで、一息に下がる。

 視界の端に――黒髪の少女が伏していた。ナリアリだ。

 何とかしたいが、鬼の力は桁外れに強い。

 まして、敵も味方もまとめて攻撃するようなモンスターは厄介極まりない。


 そこに――目もくらむような光が降ってきた。


 全員が包まれた、と思った。

 遅れてやってきた、鼓膜を破られたと思うほどの大音。

 時が止まった。

 場は黒焦げだった。所々で煙が立ち上り、小さな火種がくすぶっている。

 けれど奇妙なことに、シスターと、一緒に戦っていた町の者たちだけが立っていた。

 モンスターは全滅。

 悠々と構えていた鬼もどこかに消えていた。

 ウェイリーンは驚愕した。

 鬼の立っていた場所に、一際大きな黒い炭があった。


「……あれは?」


 ふと、頭上を見上げた。

 澄み切った空に、一つの影が降りてきた。

 それは、白い羽の生えた人物だった。

 羽毛のようなものが、遅れて、一本、二本と舞い降りた。倒れ、傷ついたシスターや仲間の真上だ。

 温かい光が滲むように溶けた。

 血を流していた者の傷が癒えた。気を失っていた者たちが、目覚め、立ち上がった。


「あんたは……」


 銀髪の者は語らなかった。

 ただ、モンスターだとは思わなかった。

 ウェイリーンが知っているモンスターは、プルルスの配下にいる、おぞましい者たちだ。


「ちょっと、待っておくれ。何をしたか知らないけど、礼を言わせてほしい」


 銀髪の者が柔らかい表情で地面に降り立った。

 目をつぶって、数秒。何かを納得したように頷き、胸の前で十字を切った。

 神々しさと優しさが同居したような人物を前にして、ウェイリーンの鼓動は、うるさいほど鳴っていた。


「シスターたちを助けてくれて、ありがとう」


 銀髪の者は、満足げに頷き、再び地面から足を離していく。

 ウェイリーンが急いで駆け寄った。


「あんた、名前は? 名前を教えてくれ」

「……ウリエル」


 変わった名前だと思った瞬間、姿を見失った。煙のように消えてしまったのだ。

 慌てて周囲を探す。見当たらない。

 と――遥か先の空に、雷が落ちた。

 ウリエルの力だと、なぜか直感した。


「まさか――あれが『真祖』ってやつかい」


 自分の言葉に、思わず体を震わせた。

 そうとしか思えなかった。

 目の前が一瞬で色づいた。真祖教会のピンチに、圧倒的な力を持つ『真祖』が現れる。

 夢物語のような現実を目の当たりにして、ウェイリーンは歓喜に打ち震えた。


「ウェイリーン、一体、どうなったのですか? 気づいたら、全部終わっていて……」


 ナリアリが訝し気な表情で戻ってきた。


「どうしたのですか? 顔が……その……少々、笑顔が怖いのですが」

「私はいつも通りだよ」

「いや……それはちょっと無理があるのではないでしょうか。何か嬉しいことでもあったのでは?」

「私は、今日、『真祖』に出会った」


 ナリアリが「え?」と首を傾げた。


「『真祖』はやっぱり、いたんだよ」

「は、はあ……」

「ナリアリ、落ち着いたら、『真祖』を探すよ。全員動員だ。プルルスと争ってる場合じゃない」

「え? ですが、まだ例の『聖女』候補の少女が見つかっていませんよ」

「そっちは、もういい。『真祖』様が見つかれば、すべてうまくいく」

「そうですか……」


 ナリアリがぐるんと首を回した。

 ウェイリーンも同時に反応し、「はあ?」と間の抜けた声を漏らした。

 町中に響き渡るような重低音を聞いたと思った瞬間――悪の巣窟である、朱天城が、綺麗さっぱり無くなっていたからだ。

 あるべきところに、あるはずの物がない。

 二人は、互いに呆けた顔を向け合った。


「ナリアリ、どうなってるんだい?」

「それはウェイリーンの方が知っているのでは?」

「どうして朱天城が無くなったんだい?」

「移動した……とか?」

「そんなわけないだろうよ」

「ですよね」


 互いに何度も問いかけたものの、答えは出かった。

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