第23話 真祖ってなんなの?

「どうやってここまで来たのかしらないけど、一体何をしに来たんだい?」

「あなたを止めに。キツネ狩りとかいう、虐殺をしたんでしょ」

「おしゃべりなやつがいたみたいだね。けど、何のために止める? 君は僕の記憶にはない。完全な部外者だろ? 部外者は町で隠れていれば、安全だったろうに。よりにもよって、僕の城にまで来て抗議するなんて、いかれてるよ」


 プルルスが「こいつも似たようなものだ」と後ろを視線で示した。

 ディアッチはぴくりとも動かない。


「心配しなくても、二日もあればキツネ狩りは終わる。首を突っこむようなことかい? まあ、どっちでもいいけどね」

「アテルの関係者だと言っても?」


 その言葉に、プルルスの片眉が反応した。

 余裕のある態度が一変し、壊れたような笑みに変わる。


「今、なんと言ったんだい?」

「私が、アテルをこの町に連れ戻した張本人だって言ったのよ。ウィミュっていう、あんたへの贄を横取りしたのも私。ついでに、ワルマーっていう人のお店にお世話になっていて、果物がうーんと好きなの」

「……そうかい」


 プルルスの口が引き裂かれるように笑みを作った。

 動じない顔に、暗いさざ波が走ったようだった。


「もっと言えば、そこのディアッチと私、数日前から友達なの。結構いいやつでしょ? 変化に気づいたかな?」

「もういい。つまり……僕と因縁が深いから、殺されに来たってことだね」

「殺される気はないけどね。ちょっと、やる気になった? そうこなくっちゃ。実はさ――こっちも、色々と腹が立ってるの」


 遮魔布を剥ぎ取った。久しぶりに視界が良好だ。

 やる気がみなぎってきた。

 プルルスが、私の顔を見て、せせら笑った。


「おいおい、まさか同じヴァンパイアなのかい。僕を前にして強がる理由はそれか。貴様、ヴァンパイアの頂点を舐めすぎだぞ。ヴァンパイアは、格上のヴァンパイアに勝てないんだよ」

「ヴァンパイア、ヴァンパイアってうるさいなあ。どうでもいいから、かかってきなさい」


 プルルスが動いた。

 自分は絶対に負けることはない――ありありとわかる、喜悦満面の顔だった。


「ヴァンパイアが僕に挑むとは愚かな。弱点なんて、知りつくしてるんだよ。聖魔法・サクリファイス!」


 足下に光の円が浮かびがった。

 奇怪な文字の羅列がとても綺麗だ。

 しかし、ガラスが反響するような音とともに、ふっと消えた。


「あれ?」


 目を大きく広げたのはプルルス。彼の足下に、同じ円が現れる。そして、白十字に体を貫かれる。


「ぐっっ、な、なぜ、サクリファイスが、僕に!?」

「呆れた。反射を知らないの?」


 プルルスが右に大きく跳んだ。法衣はどういう素材なのか傷ついていない。

 けれど、ダメージはあったようだ。一瞬で顔色が本気になっている。

 私は肩をすくめ、淡々と言った。


「そんな、スクロールもなしに反射だと!?」

「ヴァンパイアの弱点なんて、知り尽くしてるんじゃなかったの?」

「うるさい。たとえ聖魔法が効かなくてもな、火魔法・サリーサ」

「あっ」


 まただ。ガラスが反響するような音と共に、『私から』火魔法・サリーサ、槍のような炎がとび出した。

 プルルスが慌てて飛び退く。

 かろうじてかわしたが、壁に突き刺さった炎の槍が轟々と音を立て、室内に熱風が吹き荒れた。


「どうなってる!? 何の魔法だ!」

「だから、反射だって言ったでしょ。ヴァンパイアの弱点なんて誰でも知ってるんだから、対策くらいするでしょう」

「対策……そんなことができるはずがない! 弱点は神の創造によって与えられたものだ」


 プルルスが「ありえない」と怒鳴り散らすが、あるものはあるのだ。

 だいたい、対策もせずに弱点丸出しの現実世界なんて、だいぶ怖いと思う。

 普通は何か考える。


「聖魔法と火魔法が効かないとはいえ、僕は魔法のエキスパートだぞ」

「へえ。それはすごい。次はなに?」

「雷魔法・ラプソディア!」


 発動の速い魔法だった。

 魔法陣や、前準備なしで、頭上から雷が落ちた。

 視界が一瞬、白く染まり、とてもまぶしかった。

 が――


「うーん、ウリエルの足下にも及ばない感じ」

「な、効いてない!? 雷だぞ! 僕の魔法だぞ!」


 やっぱり間違いない。

 このプルルスは、☆7もないくらいだ。

 ハイブリッドなモンスターだけど、元となっているのは☆5と☆6のモンスターだ。

 焦燥した様子で足を止めたプルルスを見て、私はアイテムボックスから《女神の瞳》というアイテムを取り出した。

 ゲームでは見たことのない、分厚いコンタクトレンズのようなものが手の中に現れた。

 目に、はめればいいのかと思えば、直感的に握り潰せばいいとわかった。


「これで、見れば――」


 プルルス LV74

 HP:138 MP:157

 攻撃:21

 防御:68

 魔法攻撃:87

 魔法防御:80

 速度:75

 耐性:魅了+7、毒+5、

 属性:雷無効、風半減、火弱、聖弱


「うん、見た目は不思議だけど、普通のモンスターね」

「普通のモンスターだと!? 僕はヴァンパイアの王! バカにするのも大概にしろよ。来い、ガイモーン」


 別の扉から、二又の槍を持った蝙蝠のような外観のモンスターが現れた。

 ガイモーンと呼ばれたそいつは、槍の先を何かの技で光らせながら、私の胸部を狙って突き出した。

 遅すぎるけれど。

 またもガラスの反響するような音が鳴り響いた。


「ギィッ!?」


 ガイモーンの胸部から、緑色の血が流れて、吹っ飛んだ。

 私は、物理も反射持ちだ。

 ゲームでは何だかんだ言って物理ダメージも結構つらいのだ。

 物理攻撃の場合は、武器が反射されない代わりに、ダメージだけ反射されるみたい。

 色々と興味深い。

 プルルスが唖然としている。ヴァンパイアだから物理攻撃に弱いと思っていたのだろう。


「次は?」

「くそっ」


 プルルスが壁に向かって走った。

 そこには、紫色の宝石が目立つ、銀色の杖が掲げられていた。

 宝石が、素早くこちらに向けられた。


「風魔法・トゥルボー!」

「うん、涼しい風が吹いた。いい魔法ね。でも、その魔法名を叫ぶのはやめない? 正直、気が削がれるのよ」

「くぅっ――舐めやがって!」

「だって、とっても弱いもん」

「はぁぁぁぁっ!?」


 ミャンを傷つけたのだ。いい気味だ。

 プルルスが激高して杖を投げ捨て、さらに、壁にかかっていた曲剣を手に取った。

 残念ながら、《女神の瞳》ではスキルは見えない。

 刃が銀色の光を放っている。

 床を蹴り、一直線に肉薄し、私の肩から胸を狙っての振り下ろし。当然、物理系のスキルを使っているだろう。

 が――反射する。

 彼の肩から真っ赤な血が噴き出し、たたらを踏んで倒れた。


「学習しないのね。せめて、貫通系の攻撃かと思ったのに」

「お、お前……何者だ、どうして僕の攻撃が効かない?」

「そのお方こそ、あなたが憧れてやまない――真祖だ」


 部屋の奥から、かすかな声が聞こえた。けれど、その言葉はすっと室内に通った。

 鎖に吊るされたディアッチだった。

 良かった。生きていた。


「待て、真祖だと!? ヴァンパイアの祖だと言うのか!?」

「そうみたいね。私は、良く知らないけど」

「ありえない、ありえない、ありえない! 真祖は死んだ!」

「そうなの?」

「俺の先祖が、殺したんだ!」

「でも、こうやって生きてるけど」


 プルルスがぐっと言葉に詰まった。

 目が紅いだけじゃなく、血走っている。

 余程、真祖にこだわりがあるらしい。


「そのお方こそ、至高のヴァンパイアだ」

「そんなはずはない! 僕こそが生まれ変わった真祖だ!」


 ディアッチが吊り下げられた状態で目を細めた。

 呆れているようだ。


「その証拠に、この降臨書は、僕を選んだ。真祖にしか操れない、至高の書物! 見せてやる!」


 プルルスが大事そうに抱えていた書物。

 どことなく、私の降臨書に似ているな、とは思っていた。

 まさか、二冊目があったなんて。しかも、私のものと違って――ちゃんと、見える。ディアッチも見えていそうだ。

 降臨書が淡く光った。

 地面から馬に乗った鎧兵が四人現れた。

 彼らは私の降臨書にも存在する☆3のモンスターだ。

 距離を測って室内を周回し、息を合わせたように、手に持った槍で私を貫いた。

 そして――全員が吹っ飛んだ。

 物理反射は恐ろしい。用意に手間がかかるスキルだけのことはある。


「バカなっ」

「もう、認めよ。ヴァンパイアは、格上のヴァンパイアには勝てない――そう自分で言っておったではないか」


 ディアッチ、気絶してたんじゃなかったんだ。

 しっかり聞いていたらしい。

 思わず嬉しくなって、『本気で』移動した。

 速度932の移動は、さすがに二人とも見えなかったらしい。

 ディアッチは突然目の前に現れた私に、きょとんとしているし、プルルスは慌てふためいて「逃げたか!」なんて勘違いをしている。

 逃げるわけがないのに。


「今、外すね」


 触れると、黒い靄がにじみ出た。

 何かの魔法がかかっていたようだけれど、手で強く引っ張ると、鎖は悲鳴をあげるような音を立てて、千切れた。


「ついでに」


 ――愚者の祝福


 黒い霧が瞬く間にディアッチを包んだ。体に無数の傷があったのだ。プルルスのことだから、かなり痛めつけたのだろう。

 全てが、みるみる治癒していく。


「そこにいたかっ!」


 そこにいたか、じゃないんだよ。

 もうこれで終わりだから。

 私は、回復したディアッチを抱え、また『本気で』部屋の入り口に移動した。

 プルルスが見失って、キョロキョロしている。


「主よ……何から何まで」

「いいって、いいって。これも私のまいた種だしね。もう飛べそう?」

「もちろんです」

「急いで、ここから離れて。この城に助けたい仲間がいるなら、三分だけ時間をあげる。それ以上は保証できないから」


 私は、ディアッチを見つめた。

 何を意味するかは、わかったのだろう。

 ご厚意に感謝します――と満ち足りた顔で告げて、ディアッチが場を離れた。


「逃がすか! 聖魔法・強化――サクリファイス!」

「いや、だから、言ったよね。反射するって」

「ぅううううっ!」


 聞く耳を持たないとはこのことだ。

 でも、《強化》まで使えるとはびっくりだ。通常、☆7であっても、強化は限られたモンスターしか持っていない。

 しかも、


「火魔法・強化・サリーサ!」

「雷魔法・強化・ラプソディア!」

「風魔法・強化・トゥルボー!」


 三種類の魔法をすべて強化している。

 これは驚愕に値する。

 物理攻撃スキルも持っていたようだし、数えただけでも――

 聖魔法、火魔法、雷魔法、風魔法、物理系、さらに強化系が4種類。モンスターを呼び出したスキルがあるなら、合計で10種類。

 鍛えられる領域を超えている。8種類の上限はどうなっているのだろう。

 見てないけれど、血界術も持っているかもしれない。

 強化を使うときに、プルルスが持つ降臨書が光るのも気になる。


「強化した魔法でも、効かないのか!?」


 とうとう、プルルスが愕然とした。

 出せるカードは尽きたらしい。

 私は素早く近づき、見よう見まねで正拳突きをしてみた。

 当たる瞬間の、ぞっとした表情が印象的だった。

 素早さ932。攻撃347。

 一応、手加減したけれど、彼は体を、くの字に曲げて吹き飛び、破砕音と共に壁にめり込んだ。

 がくがくと膝をゆらし、半身を起こした。

 瞳は恐怖に揺れていた。

 そして、ほんの少し、憧れみたいなものを感じた。


「何も……魔法が効かない……ほんとうに、真祖なのか……」

「それ、他にも言われたけど、真祖ってなんなの?」

「知らないのか、ヴァンパイアの祖だ」

「それはわかってる」

「わかってない。かつて、真祖とは、ヴァンパイアの頂点であり、すべての種族の支配者だった」

「それで?」

「降臨書という無限の力を操り、新たなモンスターを生み出す、創造神のごとき人物だ」

 

 だいぶ尾ひれがついていそうな話だ。

 降臨書もタダじゃない。ゲーム内のお金を消費するから、無限の力なんておかしいし、モンスターを生み出すといっても、ゲーム内で合体ができるだけだ。

 それに、二冊もある時点で、矛盾している。


「真祖が現れた以上、世界は根底から崩れる」

「どうして?」

「絶対的な強者の支配によって、世界が恐怖するからだ」

 

 プルルスは壊れたように笑った。

 私は、それを鼻で笑ってやった。

 まーったく興味がないからだ。

 支配しない真祖だって、いいじゃない。

 世界を支配したら、スイーツ一年分とお酒∞とかなら、わりと本気になるかもしれないけれど。


「まあ、だいたいわかった。じゃあね」


 くるりと背を向けて、出口に向かって歩き出した。

 背後でプルルスが立ち上がったことには気づいていた。

 視線を送ると、よろよろと両手を上げて、降臨書を掲げていた。

 彼はすべてを捧げるように叫んだ。


「来いっ! ドミニオン!」


 空中に光の輪が描かれた。

 陽炎のように、何もない場所に光が集約した。

 蒼い髪、天使の羽。波打つ聖衣。

 間違いなく天使だ。

 場が一気に神聖さで満ちた。

 光が降り注ぐと、プルルスが感極まったように抱擁の体勢をとった。


「これで、終わりだ。これこそ、降臨書、最強のモンスター!」

「あのさ、喜んでるところ悪いけど、まだわからないかな」


 ざくっ――とドミニオンが串刺しになった。

 私の手から伸びた、通称、貫通お箸。

 まあ、制御が下手なだけの血界術だ。

 可哀そうだけど、ドミニオンは呼び出された瞬間に、光の粉に変わった。

 

「……は?」

「は? じゃなくて、もう無駄なあがきは、やめときなさい。それと、一つ忘れてた。殴ったの一発だけだったよね。あれ、ミャンの分だから」

「……え?」

「ディアッチの分もどうぞ」


 ざくっ――

 お箸、二本。

 プルルスの両肩に突き刺さり、壁を深く貫いた。

 私は、続いて深く息を吸った。


「腐れ芋虫! 無様に這いまわってみんなに謝罪しろ!」

「なにぃっ!」

「ディアッチが言えなかっただろうから、私から伝えとく。せっかく二人で練習したしね。じゃあ」

「ま、待てっ! 貴様が本当に真祖なら、僕が力を貸してやってもいい。目覚めたばかりなら、僕の知識は役に立つぞ! 貴様の世界支配を助けてやる」


 とんでもない手のひらの返し方だった。

 救いようがなく、しかもまったく興味がない。

 私は振り返って、「一生この城でやってなさい、ばーか」と言ってやった。


「おいっ! 話を聞け」


 ――万能魔法・最強化・ピュロボロス


 もう振り返らなかった

 ざわりと、空気が波打った。

 目には見えなくても、気配は感じた。

 プルルスも、それに気づいたのだろう。

 何か巨大なものが近づいている。

 耳をつんざくような轟音が鳴った。

 朱天城が全身で震え出すような錯覚が、じりじりと広がっていく。


「なんだ……これは?」


 それがプルルスの遺した言葉だった。

 戦略級の魔法が、分け隔てなくすべてを呑み込んだ。

 爆風が吹き荒れ、壁を塵に変え、生命という生命を消し飛ばした。

 城も、プルルスも――すべてが、最初から何もなかったかのように、更地に変わった。


「ふぅ、終わった、終わった」


 強い風が抜ける。

 空虚な場所に砂塵が舞う。

 私は束の間、空を見上げた。

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