第64話 思い思いの祭りの時間
会場をあとにして、私は自分の店のあたりに戻ってきた。
道すがら色々な出店が出ていてとてもおもしろい。
衣装も建物もてんでバラバラの世界なので、各自が店を出すと、内容もごった煮のように統一感がない。
実のところ、第一回目の祭りということもあり、住民たちの間で何をやればいいのかわからないという問題が生じたらしい。
そこで、ポーレットとプルルスが相談して、とりあえず派手で、耳目を引くメインイベントをしようとなり、あのバトルゲームを企画したらしい。
そしてあとは「適当に自分たちで考えろ!」という無茶苦茶な指示で始まったのだ。
「よく間に合ったよね」
視線を斜め上に向ける。
そこにはオレンジ色のランタンがいくつも並んでいる。
このヴィヨンは夜に明かりが少ない。夜にメインイベントをするなら、暗い町ではダメとなって、とりあえずランタンを用意しようという話になった。
しかも、祭りの会場だけ照らすのかと思っていたら、町全部を明るく染めてやろうという流れになり、結果、どの家や店の軒先にも、ランタンがぶら下がる光景となった。
ランタンの形は様々だ。
オーソドックスな四角錐のような形のランタン、真鍮、ブリキのランタン。手提げ型もあれば、屋根の上に置かれたものもある。
行燈や提灯に近いものもあるし、木枠で囲ったものや、変わったものではカボチャをくり抜いて作ったものもある。
みんな、何かをしたいと思った結果、色々と楽しいランタンができた。
何度もお祭りを繰り返すことで、このランタンにも統一性が出てくるのかもしれない。
そう考えると、新しい祭りの立ち上げに出会えた私は、とても幸せ者だ。
そんな、センチメンタルな気持ちを、
どどどどどどっ――という断続的な音が木っ端みじんにしていく。
「こいつ、どんだけぇぇぇぇー」
ドップラー効果のように男の声が離れていく。
彼はバトルゲームの参加者なのだろう。通りをものすごい速度で走るホーンアリゲーターに引きずられていく。
捕まえるのは一筋縄ではいかないらしい。
さすがディアッチに鍛えられたモンスターだ。
でも、このくらいのモンスターを捕まえられないと、バトルゲームに参加する資格はないってことなのだろう。
「リリ、聞いて聞いて!」
ウィミュの声だ。
ちっちゃなケーキ屋さんの前まで来ると、ウィミュとアテルの二人が駆けてきた。
二人は声を弾ませながら、びしっと店の前に飾っているウェディングケーキを指さした。
「あれ、早速予約が入ったの!」
「え? ほんとに!?」
「うん! お祭りって聞いてやって来たカップルの二人、リザードマン!」
「おぉ!」
「試食したら、これいいね、って。今、もう作り始めてるよ!」
ウィミュの弾んだ声が一層嬉しそうだ。
何を隠そうウェディングケーキは彼女の発案だ。
自分が婚約していたときのことを思い出し、ケーキでお祝いとかいいよね、と。
ウサギ族にはそういう文化が無かったみたいだけれど、私にはよく知った文化がある。
それがウェディングケーキだ。
シャロンやルヴァンさんたちとイメージを共有し、ポーレット祭でお披露目しようと決まったのだ。
まさか、早々に売れるなんて。出してみるものだね。
そのうち、配達とかもできたらいいなぁ。
「リリ様」
ぼーっと考えているとアテルに呼ばれた。
「せっかくのお祭りです。町を回って来られたらどうですか?」
「……お店、大変じゃない?」
「ユミィさんたちや、ウィミュも私もいます。それに……リリ様、うずうずしてますよ」
「うっ……わ、わかるんだ……」
「私ほどになると、リリ様の表情だけですべてわかります!」
アテルが誇らしげに胸を張る。
するどい指摘だ。
お祭りを楽しみにして、顔に出るとは私もまだまだだね。
「もちろん、あとでリリ様も私たちと交替で店番です」
「うん! って、ちょっと待って? ユミィとルリィは?」
「あちらのお二人も、その時に交替です」
「……それ、私、ほとんど一人じゃない!?」
「その分、リリ様は楽しむ時間が長いのです!」
アテルはにやりと笑う。
「さあ、どうぞ行ってください。店番は気にせずに」
「うん……」
「できたらミャンのがんばりも見てきてあげてくださいね」
そう言ったきり、ぐいっと背中を押されて、私は通路に押し戻された。
自然とほにゃっと頬が緩む。
アテルの優しい気遣いが嬉しい。そこまで空気が読めないほど鈍くはない。
時間の指定が無い――つまり、好きなだけ回ってきて、ってことだ。
***
肉串、焼き鳥、コーヒー、パンズっぽいサクサクの生地に炒め肉とネギを挟んだもの、骨付き肉を煮込んだスープ、ピリ辛の焼きそば、タコス、フランクフルトに甘じょっぱいソースをかけたもの。
まあ、びっくりするくらい色々な食べ物がある。
今日の為に考えた、と豪語するおっちゃんもいて、飽きない祭りだ。
「はっ!? いつのまにか食レポしかしてない……」
食べ物の魔力は怖い。
この小さな体のどこに入っているのか不思議になるくらいに。
そうだ、祭りがいけない。
このお祭りの特有の活気にあてられると、自然とお金を握って店の前に立っている。
「お待たせー」
棒に突き刺した、揚げたバナナが差し出される。
外側にはさくっとした衣。甘い練乳のようなソースにナッツを砕いたものがのっている。
さっそくかぶりつくと、中がとろりとしていておいしい!
これはみんなにお土産で持っていこう。
「バナナを揚げるとは、やるな異世界……って、まただぁぁ」
いつの間にか迷い込んでしまった食事ストリートから離れられない。
気づけば、いくらかお腹が膨らんでいる気がする。
「ま、まあ……成長してるんだよ。きっとね、ははは……はぁ。これくらいにしとこ」
後ろ髪を引かれる思いで、Uターン。先は行き止まりなのだ。
お嬢ちゃん、一つどう? ――なんて誘惑を振り払い、でも、ちらっと眺めて吸い寄せられたりして。
「あったかいうちに食べてね」
「うん、ありがと」
小さな木の皿に、小麦を薄く焼いたものにイチゴが一つ乗ったお菓子がある。
不思議だ。いつの間に注文したんだろう。
達人は無意識下でも行動できるという。甘党初段くらいかな?
などと現実逃避している場合じゃない。
「甘い物はやっぱり高いんだ……」
いくつかの店を回ると、高いものと安いものの差がはっきりしている。
安いものは数百円だけど、高いものは万を超えるだろう。
とても屋台で買うものじゃない。
砂糖だけじゃなく、手に入りにくい食事があるんだろう。
「なにか、つっこんで来たぞ!?」
慌てた声にさっと首を回した。
見る間に人の群れが二つに割れる。土煙をあげて、ホーンアリゲーターが爆走していた。
それを追いかける数人の亜人。
周りなどまったく見えていないだろう。
イチゴを口にほおばる私は、やれやれと歩き出す。
この先は行き止まりだ。奥には壁に背中を預けて食事を摂っている人もいる。
「おい、危ないぞっ」
屋台の店主が怒鳴る。
皿を片手に持ったまま、私はホーンアリゲーターの突進を止めるべく立ちはだかった。
「よし、こーい」
ホーンアリゲーターは恐怖に狩られたように軌道を変えることなく走ってきた。
ディアッチ、どんだけ怖がらせたのよ。
距離50。
そこに、銀色の光が舞い降りた。
「事故につながると判断しました」
聞いてもいないのに、言い訳じみた報告をする人物は、同時に突っ込んできたホーンアリゲーターの下あごに掌底を振り上げた。
ばごん、とか、どごん、といった鈍い音が響き。
大きな体が空中に跳ね飛んでいった。
体格の差など何も関係がないと言わんばかりの笑みを浮かべた大天使ウリエルは、私に丁寧に向き直り、
「お怪我はなかったでしょうか」
などと、白々しく尋ねてきた。
周囲の女性たちから黄色い声が聞こえる。
対照的に、ホーンアリゲーターを追いかけてきた男たちは、ぽかんと口を開けている。
「……どうも、ありがと」
「気をつけてくださいね」
にっこり笑ったウリエルは、ばちっと光を残して姿を消した。
もしかして、ずっとつけられていたのでは。
ぞわっと悪寒が走ったので、慌てて振り払った。
偶然、偶然よ。真祖教会はヴィヨンを巡回するって言ってたし。
たまたまそういう場面に出くわしたってことで。
「でも、タイミングが良すぎて怖いなぁ……あっ、ウーバだ」
視界を見知った美人が横切っていった。たくさん何かを抱え、スキップするほど上機嫌な彼女の横顔はとても幸せそうで、表情だけでも舞い上がっている。
ただ、祭りを楽しむ――といった感じじゃない。
もっと別の、恋する乙女的ななにか。
私の存在に気づく様子もなく、彼女は何度も立ち寄った店の前で髪飾りをいくつも当てて、にまぁっと頬を緩めていた。
嫌な予感しかしない。
「そ、そうだ、ミャンはどうなったんだろ?」
私は無理やり視線を外して、さっと通りをあとにした。
ウーバのことは置いておくとして、来年のお祭りがあったら、みんなと一緒に来ようと心に決めて。
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