第63話 ファンファーレは鳴ったけど気をつけてね

 町の広場に建てられた水のコロシアム。

 シャロンほどの水魔法の達人ともなると、この大観衆すら飲み込む建造物を作り上げ、長時間の維持ができるらしい。

 コロシアムの中には多様な種族がその時を今か今かと待っている。

 人間、亜人、ヴァンパイア。ゴーレムにエルフに、珍しいドラゴニュート。元々ヴィヨンの町では見かけない姿もちらほら。

 その原因は、第一回ポーレット祭にある。

 アメリ・ル・ポーレットが主催し、教祖プルルスが後援という、人魔が手を組んだ成果なのだ。

 まあ、ポーレットがうまく乗せられた感じはあるけれど。


「こ、これに向かって話すのか?」


 会場全体に音声が鳴り響いた。

 拡声効果を発揮する魔法具のスイッチはオンになっていたらしい。

 ポーレットの拡声器を、ウーバが慌てて横からひったくった。

 まあよくあるミスだ。

 コロシアムは円形である。

 周囲には中央の会場を覆うように水の壁がぐるりと回り、さらにそれは高さがあり、自然と上から見下ろすような席ができあがる。

 野球場に近いと言えばわかりやすいだろうか。

 参加者も観客も一体となって、ポーレットが立っている方を見ている。

 この人数が、わずか一カ月程度で集まったというのだから驚きだ。

 プルルスが珍しくせっせと何かを書いていたかと思っていたら、それは各地に向けての招待状だったらしい。

 ヴァンパイア五柱の名前の力はすごい。

 色々まとめて処理しようかと思ってさ――と笑うヴァンパイアの顔には、明らかに黒い何かが見えて少し不安だ。

 そのプルルスが、ポーレットと入れ替わるように前に出てきた。

 こちらは威風堂々。

 人目など気にならないのか、そもそも気にしない性格なのか。

 上から会場をぐるりと見渡し、にやっと口端をあげた。

 大きくはないのによく通る声が、拡声器を経て放たれる。


「みんな、よく集まってくれた。僕が教祖と呼ばれるプルルスだ。このヴィヨンは知ってのとおり、人間のポーレット王と、僕が共同統治する町だ。種族の違いで何かと衝突することがあると思うかもしれないが……実は、ポーレット王も僕も、細かい種族の違いなど一切興味がない」


 背後でポーレットが慌てて何かを叫ぼうとしたが、ウーバが素早く口に手を当てて黙らせている。

 うん、調整不足だろうね。

 そんな話、たぶん一度もしてないだろうし。


「だが、このヴィヨンでも未だに見かけや些細な違いに惑わされ、どうしようもない諍いや種族間の小競り合いが絶えない。僕はそれが非常に悲しく、痛ましい」


 全然悲しくなさそうなプルルスが、胸に手を当てて一拍置いた。

 ポーズだけが堂に入っていて感心する。


「君の隣にいるやつが、君に何か悪事を働いたかい? 目の前に立つ知らない種族の美醜を、君たちの価値観で推し量れるのかい? 違うだろ。分かった気になる前に、人から受けた噂話を考えもせず信じる前に、まずは互いの個を知ろうじゃないか。その結果、嫌いになるなら勝手にすればいい。でも……きっと、仲良くなれるやつもいる。今日の夜には肩を並べて酒を飲めるようなやつも出てくるはずだ。僕とポーレット王はその良き前例となりたい。垣根を越え、互いに理解しえることを共に証明したい。ポーレット祭が、その端緒になればいいと思う。今日は、存分に楽しみ――そして、競い合ってくれ」


 プルルスはそう言って、参加者たちの歓声を一身に受けた。

 心地よさそうに。まるでオーケストラを己の意思で操るかのような仕草だ。

 ひとしきり歓喜の波が引くと、背後のメイドから何かを受け取った。

 そして、それを全員に見せつけるように片手に掲げた。

 それは――


「ここに、『降臨書』を用意した」


 ざわりと質の違うざわめきが広がった。

 分厚くボロボロの本は確かに、彼が愛用していた降臨書だった。

 プルルスの目が一瞬細くなる。会場のどこかに視線を飛ばしたように見えた。


「知っているかい? 『降臨書』とは、かつてこの世界を支配した『真祖』が持っていたものだ。これを所有し、使用できた者は、例外なく最強の座に近づくことになる」


 また、ざわりとほの暗い歓声が響く。

 そこには驚きと、羨望の両方がない交ぜになっていた。

 プルルスは観衆によく見えるように両手で持ち直して天に掲げた。


「今日の最期。バトルゲームの優勝者には、僕のこの『降臨書』を――譲ろう」


 瞬間、空白の時間が訪れた。

 そして、割れんばかりの歓声と、怒号に近い狂気の発露。

 本気か、超お宝じゃねぇか、なんてもんを餌にしやがる――荒々しい言葉の奔流が、会場を割れんばかりの喝采で埋めた。


「ヴァンパイア五柱が頂点にいるこの世界で、次に、頂点に座るのは一体、誰になるだろうね。今夜――君たちの運命が劇的に変わるかもしれない」


 プルルスが思わせぶりな視線と言葉を残しながら、降臨書を胸に抱え、ポーレットと入れ替わる。

 会場は熱にうなされたようにぼうっとしていた。


「で、では、第一回ポーレット祭……の開催を宣言します!」

「うぉぉぉぉっっ!」


 応えるようなうねりが、会場に伝播していく。

 水の壁で音が反射して、音のるつぼにでもはまってしまった気分だ。

 と、サキュバスのウーバがさらに入れ替わりで出てきた。

 プログラムの説明だろうか。そもそも、私も内容は知らないのだ。

 ――主さまは、好きな時に好きなように動いてくれたらいいよ。それが運命だ。

 などとプルルスの謎の言葉で煙に巻かれているのだ。


「ラストのバトルゲームに参加するつもりがない方は、会場からご退出ください。参加する方は、今から始めるゲームにご参加ください」


 空中からディアッチが降りてきた。

 巨大な檻を頭に乗せている。中には四つ足のモンスターがすし詰めのように押し込められている。

 あれは――ホーンアリゲーターだ。

 陸で生活するワニのようなモンスターで、足が長く意外に機敏な生物。

 ごん、とその檻が会場の外に音を立てて着地した。参加者たちからは視線が通らない位置だ。

 同時に、何かが駆け出すような音が地鳴りと共に聞こえ始める。

 ウーバが咳ばらいし説明する。


「このヴィヨンに、ホーンアリゲータを解き放ちました。彼らはみな――とにかく満腹で、恐怖に怯えています」

「はぁ?」


 観客の誰かが間の抜けた声をもらした。

 気持ちはよくわかる。意味がわからない。


「嗜虐翁ディアッチが餌をたっぷり与えたのち、苛烈な調教を行ってきた個体ばかりです。並みのホーンアリゲーターだと思わないでください」

「お、ぉぉ……」


 ドン引きしているような観客たち。

 昔の話を知っていれば、ディアッチの嗜虐っぷりが想像できるのかもしれない。

 タイミング良く、外から観客席に飛んで上がってきたディアッチは腕組みをして、自信に満ちた様子で鼻を鳴らす。

 我の調教に死角なし――とは言っていない。


「参加者には最低一匹、逃げたホーンアリゲータを捕まえて、この会場に連れ戻してもらいます。殺すことは禁止です。ちなみに……とても凶暴です」

「くだらん。要は、大量に捕まえればライバルが減るって仕組みだろ。降臨書を手放すことは評価してやるが、やり方が回りくどい」


 群青色の髪に目立つ二本の巻角。仁王立ちしているヴァンパイアは、観客の中でも一際異彩を放っている。

 彼を見て周囲の亜人たちが距離を取る。

 有名なヴァンパイアなのだろう。

 ウーバがちらりと視線を向けてから、手元の資料に戻す。


「そういう戦略も認めます。参加も自由です。なお、万が一、無関係の者に危害を加えたホーンアリゲータが出た場合は、真祖教会の名において、天に還されます。そして、それは皆さんも同様ですので、注意してください。では早速――始めます」


 ウーバがさっと手を振った。

 どこにいたのか、トランペットのような金管楽器を片手にメイドの集団が現れた。

 彼女たちは一糸乱れぬ動作で、マウスピースに空気を吹き込んだ。

 ファンファーレが鳴り、会場の門が開いた。

 集団が動き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る