第66話 異世界にも本があってさ
ミャンを会場までそっと見送った私は、会場の外でひたすら魔法を維持しているシャロンを見かけた。
私に気づいて体を向ける。ポニーテールにした真っ赤な髪がさらりと揺れた。
彼女は表情を崩してほほ笑んだ。
最初の頃は表情がわかりにくかったのに、今では心を許してくれたのか、色々な顔を見せてくれる。
「お疲れ様。この水の会場、ずっと維持してるけど大丈夫なの?」
「多少疲れは感じますが、プルルス様から回復薬を何本かいただいていますので」
シャロンはポケットから細い瓶を数本取り出した。
思わず眉を寄せた。
私の大事な右腕に、なんて重労働をさせるのだ。回復薬を飲みながら働けなんて、超絶ブラックな会社じゃないか。今度ガツンと言わないと。
「大丈夫ですよ、リリ様。一度作ってしまうと、維持にはそれほど力を使いません」
「そうかもしれないけど……シャロンに頼らなくてもみんなで作れば良かったんだよ」
「ポーレット祭は急に決まったお話しでしたし、時間もなかったので、これが最善かと思います」
シャロンは朗らかな顔で言い、気にしていないように「夜までですから」と付け加える。
「しんどくなったら、無理せず解除していいからね」
「ありがとうございます。このお祭りの華でもありますので、できるだけがんばります」
まったく解除する気は無さそうな返事だ。
一度引き受けた仕事を最後まで完遂する性格は、ちっちゃなケーキ屋さんでよく知っている。そして、シャロンはハイスペックなのでどの仕事も言葉通りやりきってくれる。
お祭りを回れないシャロンにお土産を買っていこう。
そう決心して、「また来るね」と一言残して踵を返した。
***
見慣れない通りをてくてく歩いていると、どこかで見た二人組がひなびた本屋らしき店の前に立っていた。
父親と娘のような年齢差。娘の方は難しい顔で本をにらみ、うんうん頷いてはページをめくっている。
国王のアメリ・ル・ポーレットと騎士団長のメイブルンだった。
私が近くに来ると、メイブルンが気づいて会釈する。そっとポーレットに耳打ちすると、彼女は慌てて本を元の場所に叩きつけるように置いた。
ちらりと表紙を眺める
「正しい為政者の在り方?」
異世界にはとんでもないハウツー本があった。表紙はどこの誰なのか、小さな少女が剣を抜き、剣先を正面に向けてこちらに流し目を向けている絵だ。どことなく私に似ている気がして怖気が走る。
少女に為政者を求めるなんて、ある意味危険な世界だ。
そもそも活版の技術が確立されているか怪しい世界で、本があること自体が不思議なのだ。
明らかに古い本なので、何十年も前に刷られたようにしか見えない。
隣に並ぶ本に視線を向ける。
「帝王の極意?」
またすごい本だ。全然興味はないけど。
帝王になるなんてまっぴらごめんだし、私とは無縁の存在だ。
うろ覚えだけど帝王には三原則がある。
物事の原理原則を知ること、良い友人を持つこと、諫めてくれる部下をもつことだ。
この最初の原理原則の項目で、私にはまったく合わないことを確信した。
だって、普段から思い付きでしか行動してないからね。笑えないけど。
さらに隣の本。
「……デートスキル100選。100って多いな……」
読み上げた瞬間、ポーレットの肩がびくっと跳ねた。
確か彼女は13歳。引きこもり気味だけど、アクティブ派を自称。
こっちの本だったか。為政者や帝王も大事だけど、興味はあるよね。
というか、異世界にもデートスキルってあるんだ。誰が書いたんだろ。
――まさか、ほんとに「スキル」だったらどうしよう。
絶対好意領域とか理想彼氏召喚とか――考えるだけでぞっとする。
だいぶ歪んだJRPGだ。
「デートしたいの?」
私はぽそっと口にする。
「はぁ!? そんなわけないだろ! 私はこのヴィヨンの王、アメリ・ル・ポーレットだぞ! 色恋ざたに興味などあるわけがない。だいたい王が色恋ざたのような些末なことに時間をとられるのは許されない!」
ポーレットはまくしたてるように言って腕を組み、ぷいっと視線を明後日の方向に向けた。耳がほんのり染まっている。
「別に王様だってデートくらいしてもいいと思うけど……この本、買わないの?」
「買うわけないだろ! 私が興味あるのは、こっちだ」
ポーレットはじろっと私に横目をくれて分厚い本を手に取った。
帝王の極意。
しかし、未練があるのかちらっとデートスキル100選に視線が流れた。
彼女はメイブルンに本を渡し、購入を指示した。
彼は口元に苦笑を浮かべながらも、何も言わず購入する。
「じゃあ、私はこれ」
そう言ってデートスキル100選を手に取ると、ポーレットがまじまじと私を見つめた。
「きょ、興味あるのか? 小さいくせに」
「あるよー、あるよー。私ってヴァンパイアだから、見た目以上の年齢なのよー。でもモテないよー」
「そ、そうなのか……」
ポーレットは私の顔と本をせわしなく見やり、小さくため息をついた。
私はさっさと本を購入し、「はい、プレゼント」と差し出した。
「え?」
ポーレットが目を丸くした。
思わず受け取る素振りを見せ、慌てて本を押し返した。
「私は、きょ、興味ないって言ってるだろ」
「えぇー、プレゼントなのに興味ないってひどい」
「うっ、そ、そういう意味じゃなくて、その……プレゼントなんてもらう理由が……ないから。だいたい、それはお前がほしくて買ったもので……」
「欲しかったけど、あげる。私とポーレットさんが知り合ってから、ちょうど100日目が今日なの」
「え? そう……だったか?」
ポーレットが助けを求めて視線を彷徨わせ、メイブルンに目で尋ねた。
彼はあごに手を当てて考え込む素振りをし、「そういえば、それくらいかもしれませんね」と手を打った。
瞳の奥が光ったように見えたことは内緒だ。
「だから、はい、どうぞ」
「そ……そういうことなら、受け取ってやるのもやぶさかでない」
「一度、読んでみて興味なかったら捨ててもいいからね」
「プレゼントをそんな簡単に捨てるわけないだろ。は、初めてなんだし……」
ポーレットは憤慨したような様子で言って、両腕を交差させて本を大事そうに抱えた。
「その……ありがとう」
「どういたしまして」
「私も、何か、リリに返したい。だが、今は何も用意が無い」
「うーん、じゃあ、アイス!」
ポーレットが見開くようにまたばきをする。
「アイス?」
「またポーレットさんのお城に遊びに行くから、アイス食べさせて! あと作り方教えて!」
「それくらいなら……アイス、ほんとに好きなんだな」
「うん! 甘いからね」
「とんだ甘党のヴァンパイアがいたものだ」
私はにへらと締まらない笑顔を浮かべた。あの感触を思い出すだけで、口の中にはよだれが溢れてしまう。
「じゃあ、またね、ポーレットさん。メイブルンさんも。まだホーンアリゲーターが走ってる場所があるから気を付けて」
「リリ様も」
メイブルンが目でお礼を伝えてきたので、軽くウインクを返しておいた。
うまくできただろうか。変な顔でないことを祈りたい。
ポーレットにも視線を向けた。
彼女は視線を下げ、もじもじと地面の砂を足でいじっていた。
そして、思い切った様子で顔を上げた。
「……アメリと呼べ。本の礼だ」
彼女の瞳は揺れていた。
あまりに素直じゃないお礼に、こっちも面映ゆくなる。
「王様を名前で呼べなんて、すごいお礼だ」
おどけた言葉とは裏腹に口端は自然と薄く持ち上がる。
「じゃあね、アメリ。また」
私がそう言うと、アメリは照れ隠しのように頷いた。
まどろむような微笑みが浮かんでいた。
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