第46話 お母さんっていいですね
「よっし、では出発ぅぅ!」
「おぉぉぉー!」
私の呼びかけに大勢の仲間が応えてくれた。
天気は快晴、風は微風。湿度も低く、過ごしやすい日だ。
みんな思い思いの用意をしてきて、とても面白い。
白雪城のメイドたちは、ハーフパンツにTシャツ姿の身軽な格好もいれば、チュニックとスキニー、ノースリーブシャツにデニムパンツと、オシャレに振ったものもいる。中には浴衣姿もいて、もうどこの国のファッションなのかさっぱりわからない。
町の建物もそうだけど、文化がごちゃまぜだ。
でも、そんな服もあるんだ、と見ているだけで楽しい。
「それに対して……」
私はちらっとプルルスに視線を向ける。
何か、という顔をしているが、プルルスは白い法衣にサングラスというわけのわからない格好をしているし、ディアッチにいたっては鎧姿そのままだ。さすがに両刃の斧は持ってきていないみたいだけど。
「僕、変かな? 湖用のアイテムはあるか、って服屋で訊いて買ったんだけど」
サングラスを外すと、完全に森で迷子になった教祖にしか見えない。
店の人も、きっと早く帰ってほしかったんだろうな。
プルルスがやって来ると、どの店員も震えあがる。
「ウーバは変わった格好をしているね」
プルルスが別の方向に視線を向けた。
そこには、夏に咲く一輪の花があった。
ウェーブのかかった髪は金色。瞳は青磁のごとく深い蒼。天上の美をそのまま体現したかのような横顔。
まさに生物を魅了すべく産まれたモンスターの極致。
彼女は、真っ白なシンプルトップに、チュールスカートと呼ばれる網目状の薄い素材で作られた透け感のあるスカートを合わせていた。
細く長い足が透けて白く見えている。羽も尾も隠しているので見えない。
甘すぎず、幼すぎず。絶妙なラインを攻めてくる衣装は、今日のために考え抜かれたものだろう。
ただ、荷物が不釣り合いに大きすぎて残念だ。とにかくリュックが大きい。
私に言ってくれたら収納したのに。
「でも、ディアッチさえ、好反応なら!」
「急にどうしたの?」
プルルスの怪訝な声を無視して、首を回した。
そして、がくっと肩を落とした。
ディアッチは、今まさに巨大な鉄の板を持ち上げていた。
まったく見ていない。プルルスでも気づいたのに。
ディアッチが大きな声で尋ねた。
「主よ、そろそろ行きますか?」
「そ……だねー」
「よし、では、全員乗るが良い」
ディアッチが板を水平に構える。空を飛んでくれるのだ。
私を筆頭に、次々と板の上に飛びあがる。ほとんどがヴァンパイアの超人集団だ。
ふわりと身体が浮かんでいく。魔法の絨毯だね。
「そう……勝負はついてから、だし」
「だから、何が?」
プルルスが不思議そうに首を傾げた。
***
空の旅は気持ちいい。
風が頬を撫で、緑の香りが鼻孔をくすぐる。
目的の場所――白魚の滝に着いた。非常に高い位置から水が落ちている。山の上から落下しているようだ。
滝は湖に繋がっていた。水の透明度が高く、水中には小さな白い魚が群れで泳いでいる。
底が見えないので、湖の中央はかなり深そうだ。
「さあ、みんなバーベキューの準備をしようか」
プルルスの音頭で、準備が始まった。
と思ったのだが、プルルスは木陰に座るだけだし、ディアッチは「肉を獲って参ります」と山の中に入っていこうとする。
空いた口が塞がらないとはこのことだ。
「ちょっと、二人とも準備は!?」
「お酒なら用意してもらってるよ。ね?」
プルルスが近くにいたメイドに話を振った。
ハーフパンツのメイドだ。彼女は「はい、ここに」と笑みを浮かべて、ワインのボトルを一本取り出した。高級そうなボトル。
「い、一本だけなの!? 肉は、野菜は!?」
「肉なら、我が今から獲りに」
ディアッチが当然とばかりに言う。
「え? ここで自給自足のつもり? 焼く網とか炭とかはどうするの!? コンロは!?」
「肉くらい、僕の火魔法・サリーサで一発だよ」
「それ、あなたの上級魔法だから! 一発でこげ肉でしょうが! マジで言ってるの!?」
「何を、慌てているんだい?」
目まいがしてきた。
この教祖は本当にバーベキューの準備を何もしていないのだ。
アルコールは自分の一本だけ。サングラスを用意する前に他にあるでしょうが。
絶対に部下に指示も出していないに違いない。
後ろを振り返ると、クロスフォーのメンバーの顔が引きつっている。
「一応、6人分くらいは、材料を用意してきたわ」とミャンが眉を寄せた。
そう。それが普通。
私のアイテムボックスには、ちゃんと人数分の材料と網や炭が格納されている。
「ちゃんと用意してあるわ、リリ」
頭を抱えていると、ウーバの声がかかった。
ため息と共に微笑む彼女の顔は聖母のように見えた。
「肉は部位ごとに20人分。お酒はワインとエールとシャンパンを。野菜も少し、デザートには果物を。ナイフ、ハサミ、グリル、網、お皿、箸、ナイフとフォーク、トングとかいろいろ。石鹸も用意してあるわ」
「ウーバさまぁ!」
「よしよし。ねぇ、リリ、頭を上げて、私の話を聞いてくれる?」
「はい、何でしょう、お姉さま?」
「この二人は、ダメなのよ」
「え……ぇ?」
「本当に目を離したらダメな二人なの。こと日常生活において、先回りして用意しようとか、食事をどうしようとかは全然ダメなの。できるのは戦闘だけ」
「う、うん」
「あなたが、私をこの二人のお目付け役に選ばなければ、きっと白雪城はゴミ屋敷になっていたと思うの」
「うん……って、あれ? これって私が責められる流れ……ですよね?」
「そうよ。そのダメ男二人を、私とシャロンで分担しながら、生活してたの」
「お、そうでしたか……それは……お気の毒に……」
ウーバの蒼い瞳が怪しく光る。
片手が私の頭をがしっと捕まえた。
「一人になった負担がわかってもらえたかしら? 毎日、こんな感じなのよ」
「痛いです、痛いです、ほんとごめんなさい」
涙目になった私をウーバが「もう」と諦めたように解放した。
「リリもこれからは、あんまり無茶な話を持って来ないでね。それと、そっちの二人は放っておきなさい。なんだかんだ言って勝手に色々楽しむタイプだから。暴れ出したときだけ止めてちょうだい」
「なんか……ウーバってお母さんみたい」
「私は未婚よ」
ウーバは肩をすくめて、早速大きな荷物を広げ始めた。
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