第73話 ちっちゃなケーキ屋さんを守れ!

「ちょっと、ちょっと、何がどうなってるんですか?」

「ドラゴンがいっぱい……」


 アテルとウィミュは揃って目を丸くした。

 突然数匹のドラゴンが空から降ってきたと思ったら、どのドラゴンも町を破壊し始めたのだ。ポーレット祭で盛り上がっていた住民や、テラス席でお酒を楽しんでいた者たちは慌てふためき逃げまどっている。

 ちっちゃなケーキ屋さんの周囲もにわかにざわめきはじめ、青空の下に用意した席は乱入してきたドラゴンに一部破壊されてしまった。


「何かあったのでしょう」


 二人の後ろから双子のヴァンパイアが現れた。店番だった彼女たちも眉を寄せ、周囲をぐるりと見渡している。

 つり目の金髪――姉のユミィが、屋根に飛びあがり遠くのバトルゲーム会場を視認する。さらにもう一段高い建物に飛び乗り、辺りを見下ろして戻ってくる。


「理由はわかりませんが敵が仕掛けてきたと考えて間違いないでしょう。大量のスケルトンの気配もあります」

「姉さん、この規模でドラゴンを動員できるのは……」


 銀髪のたれ目――ルリィが不安そうに瞳を揺らす。


「おそらく、かの銀帝でしょう。問題は戦って良いか、ですが――リリ様かプルルス様にお伺いを立てたいところです」

「そんなの聞かなくてもわかるよ」


 ウィミュが戸惑う姉妹の言葉をばっさり切り捨てた。

 呆気にとられたユミィが「なぜでしょう?」と首を傾げる。


「だって、みんなのお祭りを壊して、怖がらせてるんだよ?」


 どうしてわからないの、そう言わんばかりに逆に首を傾げる。

 アテルがその肩に手を置いて前に出た。彼女は一度頷き、「その通り」とつぶやくと――


「クロスフォーも参戦しましょう。まずは――私たちを舐め切った目で眺めているドラゴンからですね」


 四人全員が一斉に同じ方向を見た。

 くいっと長い首を揺らすドラゴンが、傲岸不遜に「かかってこい」と薄い笑みを浮かべていた。



 ***



 戦端を開いたのはウィミュだ。ウサギ耳をぴんと立てた彼女は、手に持った杖を背中を通してくるりと回すと、すばやく駆けて果敢に仕掛ける。


「はぁぁっ!」


 いつぞやのホーンアリゲーターの頭をかち割った際の攻撃と同じ。

 自分の真横から飛んでくる杖の打撃を、ドラゴンは視認していたが避けなかった。

 彼らは生まれながらに強靭な体を持っている。外骨格とすら呼べる厚い鱗もその一つだ。同種ならともかく、亜人風情の貧弱な一撃などで――そういう感情がありありと見えた。

 にぶい重低音が響く。同時に、ドラゴンは驚愕に目を見開いた。

 決してダメージは大きくない。なのに異常に杖の動きが俊敏で、かつ体の芯に妙にずしっと響く一撃だったのだ。

 ウィミュはそんな驚きなど知る由もない。

 クロスフォーのメンバーは誰もがリリに自然と鍛えられている。

 その一撃はリリを相手に磨かれたものだ。

 笑顔のリリに指一本で止められ「速さが足りない!」などと怒られ、逆に杖を掴まれて遠くに投げ飛ばされるという繰り返し。

 延々と練習した動作は、嘘をつかない。

 ウィミュは素早く地面に降り立ち、即座に位置を変える。

 顔の側面が効かないなら、別の弱点を探すだけだ。

 リリは言う。

『全身頑丈なボスでも弱点ってあるじゃん。羽が弱いとか、右足の後ろに古傷が、とか、腹が柔らかいとか。とりあえず――全部、ぶっ叩け』

『わかりやすくて好き!』

 戦闘体勢に入ったウィミュはそれを忠実に実行する。類まれな運動神経を有する彼女にはそれができるのだ。小回りを活かし、ドラゴンの視界から死角に消え、徹底的に弱点を探すように攻撃していく。


「ちくちくと鬱陶しい!」


 もちろんヴァンパイア化して一日の長があるアテルも同様だ。

 元々、血界術はヴァンパイアが格上の敵と戦うために編み出したものだという。


「目、目、目ぇぇぇぇっ!」

「こ、この女は急所ばかりか」


 アテルの赤黒いガントレットにはいつからか棘のような突起がついている。

 訓練中、涼しい顔でアテルのガントレットを受け止めるリリが言ったのだ。

『うーん、何か工夫がほしいなぁ。当たらない敵とか致命傷を与えられない敵相手でも、一発かすったら死ぬような……ほら、0.1mgでクジラとか動けなくする毒を盛っていく感じで』

『では、《猛毒》スキルを覚えてみせます!』

『ん? 毒スキルで良かったら、ここに覚えられるアイテムがたくさんあるけど、使う?』

『ありがとうございます! でも、リリ様……アイテムでスキルって、これ、ちょっと反則では?』

『そう? でも今さらだしね。ほら、私って色々持ってるじゃん』

『そうですよね! 規格外のリリ様ですもんね! 今更でしたね』

『うんうん……レベルの上げ過ぎはダメだけど、スキルくらいならセーフのはず』

『何かおっしゃいました?』

『ううん! ってことで、アイテムどうぞ。飲んだら一発、毒スキル!』


 そんな感じでアテルは毒使いに昇華した。使える毒の種類はまだまだ少ないが、じわりじわりと敵の動きを鈍らせる戦い方を身に着けたのだ。

 さらに急所を攻撃すると見せかけて、スパイクで皮膚を引っ掛けながら、少しずつ毒を注入していくという徹底ぶりだ。


「ウィミュ、敵がひるんでいます。このまま押し切りますよ!」

「どっちかというと……ちょっと引いてる?」

「どちらでも構いません! リリ様の店を守るためです!」

「そだね!」

「うぬら、正面から戦う気概は無いのか!」


 ドラゴンが怒り狂ったように吠え、蚊を打ち払うように強靭な尾を振り回す。

 だが、当たらない。

 ウィミュとアテルの身体能力の高さと動体視力の良さの前に、虚しく空を切るだけだ。


「急に大勢で攻めてきたのはそっちなのに、ひどいよ」

「そうです。町の祭りをぶち壊しておいて、今さら正々堂々を要求するとは身勝手極まりないです。続けますよ、ウィミュ」

「うん!」


 二人は息を合わせて攻撃を続けていく。

 圧倒的な体力を持つドラゴンだが、その変則的で執拗な攻撃の前にじりじりと戦況が不利になっていく。

 焦るドラゴンはさらに動きを単調にし、ブレスを放つこともできず徐々に浅い傷が増えていく。切り傷が切創に。擦過傷が挫滅創に。

 勝利は見えていた。太い足がぐらつき、視界が揺れているのだろう。体がふらついていた。

 しかし、そこに声が降ってきた。


「何を良いようにやられている、愚か者」


 突風を纏って舞い降りたのは、戦っていたドラゴンよりも一回り大きなドラゴンだった。

 長い首に深い傷の痕が特徴的で、深緑の瞳を有していた。

 幾分低い声で「下がれ」と命令したドラゴンは、状況を変えるべく、即座に深く息を吸った。

 ブレスだ。

 だが、それを即座に看破し、反応した者がいた。

 双子のヴァンパイアだ。


「広範囲への破壊行動の前兆を確認しました」

「排除を開始します」


 無機質な声が不思議なほど響いた。

 声かけも、目線のやり取りもなく、気づけばユミィが風に乗るように自然な動作でドラゴンの頭上に立っていた。

 手に持つ銀光を放つ刃物が、そのまま流れるように口元を頭上からざくりと貫通する。

 串刺しだ。

 突然、強制的に口をふさがれたドラゴンがブレスを中止し、助けを求めるように視線を彷徨わせた。

 そこにもう一撃。

 長い首に取りついた銀髪のルリィが、姉と似た刃物をドラゴンの傷痕に差し込むように突き刺した。

 さらにぱっと首を離れると、自重を使って刃物を体に向けて滑らせていく。

 苦悶の表情を浮かべたドラゴンを無視し、ユミィが金の髪をたなびかせて体の側面に降り立つと、腹の下から天に向かって、血界術で創造したいくつもの刃物を五月雨に突き刺した。

 重機で叩き壊すような重い音。

 返り血が噴き出す頃には、ユミィはその場にいない。

 二人は指先を繋いで、大きく目を見開いたドラゴンの前で冷徹な瞳を向けていた。


「処分完了しました」


 見事なまでに調和した二人の声は、寸分のズレもない。

 ドラゴンは唖然と二人を眺めたまま、前足から崩れ落ちて行った。

 ほんの数秒。

 自信満々の笑みで古いドラゴンの戦いぶりを見守っていた最初のドラゴンもまた、ウィミュの毒が回ってきたのか、音を立てて横倒しになった。


「……これが双子さんなんだ」


 ウィミュが呆れたように歩いてきた。


「二人で一人とは聞いていましたけど、これはすごいですね」


 アテルも若干引きながら大きなドラゴンの体をつつく。

 完全に死んでいる。

 そんな二人をよそに、ユミィとルリィは切り替えたように平時の笑みを浮かべる。


「そんなに強くない敵でしたので」

「まだ他にもいるようなので体力の温存のために最速で処分しました」

「それそれ! 処分って言うのが、ウィミュ怖くて」

「そうでしょうか?」


 ユミィが金髪をさらりと揺らして首を傾げる。機械じみた冷徹さを浮かべていたときとは違い、少女のようなあどけなさすら浮かぶ。

 姉の言葉を聞いて、ルリィが苦笑いする。


「私たちの諜報任務は、用が無くなったターゲットを『処分』して終わりましたから」

「確かにルリィの言うとおりです。プルルス様から『処分せよ』と命令が来たときにいつもほっとしていたところがありますね」

「いつの間にか、この言葉が終わりを告げる儀式のようになっていたのかもしれません」

「最近は、めっきり忘れていましたが」

「ですね」


 そう言って、双子のヴァンパイアはくすくすと笑い声を漏らした。


「リリ様が来てからというもの、諜報任務はケーキ作りに変わりましたから」

「諜報任務の方が良かったの?」ウィミュが訊ねる。

「まさか。姉妹で平和に暮らせること以上の仕事はありません」


 ルリィが蕩けたような表情を浮かべると、ユミィが「そうね」と相槌を打つ。


「ただ、覚えることと、うまくいかないことが多すぎて、ごくごくたまに、諜報活動の方が楽だった……と思うことはありますね」

「それは……確かにわかるかも、です」


 アテルが顎に手を当てて、うんうんと頷くと、四人全員が苦笑いのような微妙な笑みを浮かべて視線を交わし合った。

 彼女の頭に浮かぶのは、とびっきりの甘党の銀髪の幼女だ。


「色々と注文が多いからね! ウィミュも大変!」

「私は最近、全然お側に呼んで下さらなくて悲しいです」

「アテルはちょっと変態みたいだもん。ウィミュはリリを支持するけど」

「ちょっと! ウィミュは私の仲間じゃないんですか!?」

「あんな変な服を着せようとしたり、エッチな下着ばっかり揃えてたら、誰でも近づきたくないよ」


 ウィミュのストレートな一言に、アテルが雷に打たれたように固まった。


「あ、あれでも……遠慮している……のですが……」

「あれで? リリに、嫌いって言われても知らないから」

「それは困ります! 私は、あの時にずっとついていくと決めたのです!」

「あの……お二人とも……」


 困惑顔で眺めていた双子のヴァンパイアが、申し訳なさそうに言葉を挟んだ。

 ウィミュとアテルが、はっとした表情で口をつぐむ。


「大事な主のために、先にやらないといけないことを済ませませんか?」

「そ、そうですね……すみません」

「よっし、もう一匹、ドラゴン倒すぞ!」

「数も多いので手分けしましょう。ドラゴンは年齢と共に体が大きくなります。私たちが倒したのがさしずめチームリーダーというところでしょう」

「あれは、ウィミュには無理かなぁ」

「でしたら私たちは大きめのドラゴンを、お二人は小さめのドラゴンということでどうでしょう?」

「それでいいよ。アテルは?」

「私も異存ありません」

「では、私たちはドラゴンを倒しつつ、プルルス様を探します。この数です。おそらく、新手と戦っているはず。お店の方は――」

「うん、任せて! ウィミュとアテルでしっかり守るから」

「よろしくお願いします」


 双子のヴァンパイアは二人揃って会釈し、動きだした。

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