第44話 弓の名手の条件って? 当てることだよね!
「早いなぁ」
敵は森の移動に慣れているようだ。対するこっちは体が少し重い。封印のアイテムの効果だろう。
見た目は☆5のクラウン・クロウに近い。ただ、色はもっと灰色に近い。真っ黒なのは亜種の証だろうか。
たまに三人に分かれたよう見えるのも何かのスキルだろう。降臨書に載っているクラウン・クロウはそんなスキルを持っていない。
彼は木々の間をジグザグに縫うように走りながらも、速度が全然落ちない。
しかも、その間を使って、たまに黒い針が飛んでくる。
暗器というやつだ。
「結局、どこの敵かもわからずか……バカ正直にアジトに帰らないだろうしなぁ」
ウリエルの提案で捕まったフリをしつつ、敵の会話を分析して芋づる式にやっつける作戦だった。
ウリエルが珍しく迫力のある顔で「親玉ごと一網打尽にしてやります。お任せください」と伝えてきたので乗ってみたけれど、結局敵の言語が違って聞き取れなかったらしい。
まあ仕方ない。完全無欠の大天使にも、できないことはある。
私は寛容なのだ。
でも、あいつは私の知り合いに手を出した。
絶対に逃がさない。
アイテムボックスを開き、弓を取り出した。
今の私なら当てられるだろう。
たぶん、ウリエルは一瞬で勝負を決めているはず。
クラウン・クロウが束になっても☆9の大天使にはかなわない。
私も遅れないようにしないと。
「あっ、しまった。矢の補充忘れてるし……」
『浮世の迷層』で消費してから、カステラづくりに忙しくて補充が後回しになっていた。
冒険者失格だ。パーティのアーチャーとは思えない失敗。
帰ったら一番に用意しないと。
「残り、四本か……よし、がんばるぞ。当ててみせる」
***
【ファーストside】
「この俺が、逃げきれないとは」
ファーストはショックを隠し切れなかった。
全速で走り続けたせいで、徐々に息もあがっている。
追跡、隠ぺいにかけてはハウンド部隊の誰にも負けないと自負している。
それが格上の相手でも、技術で後れを取るとは思えない。
なのに、リリは軽々と、あとを追いかけてくる。
子どものヴァンパイアのくせに、だ。
「《分身》」
ファーストはスキルを使って二体の分身を作り出す。
それらを右に放ち、自分は左に旋回する。
そして後方を一瞥する。
「またか」
ファーストが舌打ちを鳴らす。
何度スキルを使っても同じだ。リリが惑わされる様子は見られない。
的確に偽物を見破り、本物を追跡してくる。
スキルを見破る能力を持ってるに違いない。
小手先のスキルを好んで身につけるヴァンパイアは少ないはずだが、運悪くリリはそういうヴァンパイアなのだろう。
投げた針もすべてかわされているし、目もいいのだろう。
「しかし、近づくのは危険だ」
ファーストは自分の糸を切られた瞬間を思い出す。
リリは、苦もなくちぎっていた。
小柄な体に見た目以上の力が眠っている。接近戦で勝てる見込みは薄い。
「となると、もっと深い森に連れていって――あれ?」
右を走らせていた分身が突如、消えた。
いや、矢で撃たれたのだ。
さっと後方に視線を向けた。リリが体に不釣り合いな大きな弓を引いていた。
背筋がぞっと泡立った。
今の矢は、わざと分身を狙ったのか? それとも本体を狙って外れたのか?
ファーストは青ざめてさらに全力で駆けた。
体力温存など考えている場合じゃない。早く射程距離の外に出なければ。
風切り音が耳に届くと同時に、もう一人の分身が消えた。
今度は完全に見えた。頭部を一撃で貫かれたのだ。
どくんと心臓が跳ねる。どこかでそんな死体を見なかったか。
たった一矢でサードを殺した犯人は。
「ま、まさか、あの射手は――」
ファーストが足を止めて振り返った。
ちょうど、リリも足を止めて、こちらに狙いをつけていた。
弓が引き絞られている。
もう遅い――そう直感した。
森の奥で紅く光る瞳が、ファーストを完全に捕らえていた。
小さな手が弦から手を離した。
ファーストは再び、《分身》を使った。
せめて盾になれば。そう思って自分の前に立たせて、身を伏せた。
――ゴォォォーン
訪れたのは暴力に等しい轟音。かつて、こんな地鳴りに似た音を聞いたことがあっただろうか。
恐怖で耳を押さえていたファーストが、恐る恐る顔をあげた。
「あれ……?」
分身の二体が体を盾にして本体を守っていた。
しかも二体とも無傷だ。矢で撃たれた形跡はない。
二体の遥か向こうで、首を傾げているリリの姿が見えた。
「な、なんだ、今までのは偶然か、お、驚かしやがる」
強がりを口にしたファーストは、ふと視界に映ったものを見せた。
そして――絶句した。
ファーストの右、二十メートル手前の距離に、妙な空間ができていた。
幅五メートル、長さ数百メートル級。
大蛇が駆け抜けたように森の一部が抉り取られていた。木々が消滅し、掘り起こされた地肌が真新しい。
「これ……は?」
ファーストは理解が追いつかなかった。
矢が当たっていないと安堵したのも束の間。
それ以上に恐ろしい光景が目の前で起きていたのだ。
そして――
「うーん、本当にあと一本になっちゃった……うーん。当たらないと意味ないよね」
心底困り切ったような声が、ファーストの手前数メートルのところで聞こえ、はっと視線を戻した。
リリがそこに立っていたのだ。
意識を逸らした数秒で、音もなくここまで近づいていたのだ。
「――っ!」
見上げた瞬間、心臓が止まるかと思った。
リリが放つ気配が、感じたことがないほど膨れ上がっていたからだ。
――おかしい。大した力を感じなかったのに。この尋常じゃない気配は。
言葉が出ない。
辺りを渦巻く吐き気がするほどのプレッシャーに肌がひりつく。
鋭敏な感覚を持つファーストは大渦の中に放り込まれたような感覚を味わっていた。
「やっぱり、封印のアイテムを全部外しても、命中率が上がるわけじゃないんだ……がっかり。弓術スキルをもっと上げないとダメかぁ」
「お、お前、何者なんだ?」
ファーストはがちがちに固まった顎を無理やり動かして訊いた。
言葉が通じていないことは頭になかった。
何か行動しなければ、自分の存在が消えてしまう――そう心の奥底で理解してしまったのだ。
「でも、ここまで来たら、私も弓でなんとかしたいしなぁ……あと一本、外したくないし」
リリが目の前で弓に矢をつがえた。
事実上の死刑宣告。ファーストは弾かれるように逃げた。
――無理だ。糸とか針とか、そういうレベルじゃない。
「あんな、化け物にかなうわけがない!」
すでに戦意は喪失していた。
ファーストはなりふり構わず全力で駆けた。分身を作ることを忘れ、この任務を受けたときのことを走馬燈のように思い出していた。
『戦えばわかるわ』
エルゼベートは強張った顔で言っていた。
『絶対にかなわない。そう思うはずよ』
「こいつは、ほんとの化け物だっ!」
ファーストは体力の限り叫んだ。
そして――自分の真横で弓を引いている少女を幻視した。
いや、それは幻覚ではなかったのだ。
リリは、本当に真横をぴたりと並走しながらファーストに狙いをつけて弓を引いていたのだ。その距離1メートル。
彼女は心苦しそうに言った。
「不満はあるけど、これだと外れないよね……」
何の変哲もない矢の先端が、ファーストの胴に向けられていた。
ファーストは反射的に怒鳴った。
「弓の意味がないだろうがっ!」
それがファーストの最期の言葉となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます