第61話 これはチャンスと思ったプルルスさん

 ヴィヨンの町の人間の王――アメリ・ル・ポーレット

 同じくヴァンパイアの王――教祖プルルス


 急遽開かれたトップ会談は、時折笑顔が混ざる平和的なものとなった。

 ウーバのリラックスティーの効果もあったのだろう。

 まあ、ポーレットの方は笑顔というには少々しんどいものだったけれど。

 最初は恐る恐る話すポーレットの言葉を、プルルスは相づちを打ちながら何度も頷いていた。

 被っている猫はそのままに。

 彼女にポーレット城で見せたような猛烈な勢いはなく、「ヴィヨンの町をもっと盛り上げていきたいのだ」という点ばかり小声で繰り返していた。

 脅迫して主権を取り戻す――なんて物騒な話は一度も出なかった。

 それに対し、プルルスは「町の発展は僕も望むところだよ」と整った顔立ちを柔和に変化させ、朗らかに笑っていた。

 そして時を見計らい――

「もっと、ヴィヨンの町を知ってもらおう。ここは多様な種族が肩ひじ張らずに暮らせる良い町だ。話をしてみて、ポーレット殿なら、良い王になれると確信したしね」と、プルルスはなぜか私に視線を送ってからポーレットを褒めちぎった。

 ポーレットは思わぬ言葉にわかりやすいほど狼狽した。

 けれど、それは喜びの裏返しであると傍目にもすぐわかった。

 恐ろしいとばかり思っていたヴァンパイアの王は意外と話せるやつだった――そんな心境の変化があったのだろう。

 彼女はとても誇らしげに、でも恥ずかしそうに視線を下げ――そうだろうか、とぽつりと口にした。

 プルルスが我が意を得たりと「もちろん」と大げさに言って会心の笑みを浮かべる。


「間違いないよ。だって、こんなに町のことを考えているのだから。今はわかってもらえなくても、きっと君は慈悲深き王として名を馳せるだろう」

「そ、そんな大げさな……」

「いや、間違いない。ただ、そのきっかけが足りないだけだ。もし、きっかけがあれば、君は名実共に賢王となれる」

「……きっかけ、か」


 この辺りで、私は嫌な予感がしてたまらなかった。

 けれど、一応トップ同士の会談だから――一般人は口を挟んではいけないルールらしい。

 ウーバが「尻尾がびりびりしてきた」と意味のわからないことを小声で言って、眉を寄せた。

 プルルスは人差し指を立て、まるで催眠術でもかけるように、

「そう。お祭りだ」

 と口にした。

 一応言っておくけれど、催眠術は本当に使っていない。


「お祭りって?」ポーレットが身を乗り出した。

「町のみんなで色々な出し物をして、仕事を放り出して、大いに騒ぐ催し物のことだよ」

「そんなものが……私、知らない……」

「知らなくて当然さ。だって、ヴィヨンでは開催されたことが無いのだから。でも、きっと楽しいよ。みんな仲良くなれるし、笑顔が絶えないんだ。で、そのお祭りの記念すべき第一回開催者は――君だ」

「わ、私が?」

「ヴァンパイアの僕が声をかけるより、人間の王である君が声をかけた方が、人間も亜人も参加しやすい。もちろん、何か揉め事があったり、暴れるような輩が現れたら、僕の方で対処する。そういう面にかけては人間より向いているからね。どうだろう? 第一回ポーレット祭と銘打ってやってみないかい? 昔の偉人すら、善政は祭りの上にある、と言ったくらいだ」

「そんな……私の名前で何かするなんて……」

「君の普段の努力を考えれば、お祭りの冠くらいかぶっていいと思うよ。当然の権利だ。もちろん、迷いがあるなら一度ゆっくり部下と相談してもいい」

「それなら……うん。一度考えてみる」

「そうするといいよ。もし、やる気になったら連絡して。協力は惜しまないから」

「ありがとう」


 会談はその言葉を最後に終わった。

 ポーレットは、来た時とは異なる、自信と誇りに満ちた姿で帰路についた。

 メイブルンさんが少し心配そうな顔をしていたけれど。

 でも、突然お祭りの提案をするなんて、プルルスは何を考えているのだろう。



 ***



 白雪城、大広間。


「詐欺師は天使の顔で近づいてくる」

「ウーバ、何か言ったかい?」

「いえ。また、どうしようもなく厄介な話が裏にあるんだろうなと、頭が痛くなってきました」

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」


 ウーバは嫌そうな顔をして「本音はどこら辺にあるのですか?」と尋ねた。

 プルルスは少しだけ表情を引きしめ口元に手を当てた。


「最近、城下に入り込んでくる間者の数が多すぎて鬱陶しくてね。エルゼベートの件が片付いた以上、送り主は、『女丈夫』『朽廃鬼』『烈剣』あたりなんだけど、面倒だから全員招待してやろうかと思ってね」


 ウーバの眉間の皺が深くなった。

 とんでもない話だった。戦争でもするつもりか。


「お祭りだったら、分け隔てなく招待状が送れるだろ? 相手も訪れやすい」

「悪趣味な招待状なんでしょうね」

「もちろんさ。全員が真祖に至る道を求めている。なんだかんだ言いつつ、みんな僕が捨てたと言った『降臨書』の行方を探っているんだ。真祖が持っていた唯一のレガシーだからね」

「降臨書マニアの銀帝も呼ぶのですか?」


 プルルスがくつくつと喉の奥を震わせる。


「それもいいね。真の降臨書の主は誰なのか、そろそろ思い知らせてやらないと。本当の真祖が存在する世界で、似非真祖共に大きな顔をされるのは不愉快極まりない」

「リリにはその辺りの話をしなくて良かったのですか?」

「必要ないよ。主さまが気にかけるほど大した話じゃない。あの方は、好きなように好きなことをしていただくのが一番だ」

「ですが、あのポーレットという人物が話に乗ってくる確約もないのでは?」

「ないけどね。ただ、僕の予想では――」


 プルルスがそう言ったきり、面白そうに瞳を曲げるだけだった。


 そして、その二日後。

 ポーレット城の主、アメリ・ル・ポーレットから、教祖プルルスに連絡が入った。

 内容はもちろん、第一回ポーレット祭の開催について。

 同時に、国民に向けて、

 主催アメリ・ル・ポーレット、後援、教祖プルルスというお飾りの人間の王とヴァンパイアの王という二人が組んだ祭りが開かれる旨の公示がなされた。



 ***



 とある山中にある瀟洒な邸宅の一室。

 天井が高く、目を見張るほどの広い部屋だ。

 壁も床も漆黒の室内で豪華な白銀のシャンデリアが光を放っている。

 中央の大理石のテーブルには、五つの椅子。

 しかし、その場にいるヴァンパイアは三人だけ。


 ――女丈夫 アイラン

 ――朽廃鬼 ガガント

 ――烈 剣 サカネ

 

 内巻く二本の角を生やした体格の良いガガントが、群青色の短髪をかきあげ、はっ、と蔑むように鼻から息を抜いた。


「おいおい。いつから五大会議が三大会議になったんだっけ? いつも偉そうに取りまとめてたエルゼベートはどうしたんだよ」

「知っていて聞くな。時間の無駄だ」


 白い上衣に黒い袴。黒髪を後頭部でくくった和装の麗人が鋭い瞳で睨む。

 大理石のテーブルには二通の手紙が置かれていた。

 一枚は、真夜姫エルゼベートからの。もう一枚は教祖プルルスからの物だ。

 エルゼベートの手紙は、アイランが手に持って何度も目を通している。

 丸い耳を頭頂部に二つ乗せた、愛くるしい容姿。体は小さく、ふさふさの尾が椅子から垂れている。衣装はラフな茶色い胴衣のみで幼く見える。

 アイランの顔は蒼白だった。「どうして、どうして、エルゼベート様」とうわ言のようにつぶやき、くしゃっと紙を握った。


「領地は人間の王に譲り、自分は隠居する――だったか? 勝手じゃねえの」

「何かあったのだろう。あの方のことだ。よほどのことに違いない」

「プルルスも抜けるって、どういうことだ? あぁ?」

「あの男は、いつも意味不明だ」


 サカネの冷めた物言いに、ガガントが瞳を曲げて冷笑する。

 そして、「もう腹の探り合いはここまでだな」と素っ気なく言った。


「お前らのところにも来てるんだろ? プルルスから」

「……何の話だ?」

「今さらしらばっくれるなよ。ヴィヨンで祭りをするから、最強決定戦とやらに参加しろってやつだよ」

「そう言えば、見たような気がするな」


 答えたサカネの横顔に、ガガントが挑発的な視線を向けた。紅い口内を開き、舌なめずりをすると、大理石のテーブルをどんと拳で叩いた。

 その瞳は猛々しく輝いていた。


「賞品はあの『降臨書』だ。見たような気がするだと? 笑わせんな。俺は行くぜ。プルルスがどういうつもりか知らないが、エルゼベートがこの競争から下りた以上、これは絶好の機会だ。まどろっこしい決定戦なんぞすぐに終わらせてやる」

「何らかの罠だとは思わないのか?」

「はっ、罠だったら何なんだ? 俺がプルルスに殺られるとでも? 逆に返り討ちにしてやる」

「ガガント――お前と、私と、アイランを相手にしてプルルスが勝てる見込みはない。だが、そこにエルゼベート様が加わると話がややこしくなる」

「あいつが、プルルスについたって言いたいのか? 力関係が逆だろ」

「私の情報網によれば、ほぼ確実だ」


 窘めるような物言いに、ガガントが笑みを深めていく。


「いいじゃねえの。あいつとは一度やりあってみたかったんだ。最古参のヴァンパイアの実力か、大歓迎だ」


 ガガントが立ち上がった。

 静かに扉に向かって歩いていく。その背中には覇気が満ちていた。

 扉が閉まる音と共にサカネが「バカめ」と口にする。


「もう少し頭の回るやつかと思っていたが……戦力には計算できないか。アイランは、どうする?」


 小柄なヴァンパイアが、悲し気な表情で手紙をポケットに突っ込んだ。


「私は……エルゼベート様のところに行く。本音を聞かないと……」


 そう言ったきり、アイランもまた部屋を出た。

 残されたサカネはふうっと重い息を吐いた。

 どこからともなく古く傷んだ本がテーブルに現れた。

 『降臨書』だ。

 肘をついた状態で額に手を当て、堪えきれないとばかりに笑い声を漏らした。


「どいつもこいつも自分勝手なバカばかりか。敵は一線級のプルルス、エルゼベート。幹部がディアッチ、シャロン、ウーバ。そして――あの場にいた、素性のわからないヴァンパイア。これを無視したとしても、アイランは間違いなくエルゼベートにつくだろう。だとすると、招待客の私とガガントだけでは、どうにもならん。強力な捨て駒が必要だ」


 サカネの瞳が曲がる。

 不利な状況を独白しているとは思えないほど楽しそうに。


「あいつを呼ぶと戦況が読めなくなるが、仕方ない。遅かれ早かれ利用する予定だしな。これで……ようやく膠着(こうちゃく)状態が崩れる。最も強い者が、全てを手にできる瞬間が来た。もう数百年早く生まれていれば、と後悔しなかった日はない。感謝するぞ、教祖プルルス。貴様が『降臨書』に興味を失った時点で――終わっていたのだ。見せてやろう。私の研究の成果を」


 不気味な笑い声が、何度も室内に木霊した。

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