第8話 ☆10ってどんなモンスター?
「余計な時間くっちゃったけど、まあテストできたしいいか。それより本命は――《聖像ドミナ》」
降臨書をぱらぱらとめくり、ゲーム内のお金を費やす。
必要な金額が残高から引かれると、目の前に光の粒子がすっと集合し、《☆10》のモンスターが顕現した。
聖像という文字通り、ドミナは石像のような見た目だ。
柔らかい表情の慈母が小さな赤ん坊を抱えた姿。高さ2メートルほど。
降臨書では呼び出してみないと、大きさがわからないのがもどかしい。
「《聖像ドミナ》……で合ってる?」
「もちろんです。主よ」
石像の内部から透き通った声が聞こえた。
その瞬間にわかる――《☆10》の威圧感を。存在感と言ってもいい。
ディアッチなんて比較にならないくらい濃密な何かを感じる。
魔力だろうか。
ゲーム内でも後半に手に入る屈指のモンスターはさすがだ。
一応、リリーンと《聖像ドミナ》は同格だけど、主として言うことは聞いてくれるようだ。
最悪は、いきなり戦闘になることを覚悟していた。
だから、アテルとウィミュを置いてきたのだ。
「ねえ、ドミナ、私の頼みを一つ聞いてくれる?」
「なんなりと」
「じゃあ、私と戦ってみて。終わり、って言ったらそこで終了ね」
「承知いたしました。では――始めます」
穏やかな表情の石像の瞳に、白い光が灯った。
SFロボットが動き出す瞬間のようだ。
「――火魔法・アウィスイグネア」
その言葉に従い、上空から熱波を伴った火の鳥のようなものが降ってきた。ゲーム内よりヴィジュアルが精緻でかっこいい。しかも、大きい。
けど――火反射。
私に弱点はない。むしろ弱点こそ反射する。ガラスが共鳴するような音が響くと、火の鳥が弾かれたように向きを変えた。轟音とともに《聖像ドミナ》に命中。
避けなかったのか、避けられないのか。
炎に焼かれる《聖像ドミナ》は苦痛の声をあげない。
でもわずかに変化がある。自分の魔法も効いていそうだ。
となると――
「反射は一度だけってことね」
《聖像ドミナ》も火反射を持っている。聖属性のモンスターは大抵、火に強い。《☆10》のモンスターなら、一つや二つの反射が当たり前だ。
でも、一度反射された魔法は反射できないようだ。
それと、《聖像ドミナ》に私の属性は見えていない。
見えていれば、わざわざ反射される魔法を使わない。
私は大地を蹴って、《聖像ドミナ》に近づく。
そして石像をディアッチと同じようにひっぱたいた。
ガン、ゴン――そんな重低音と共に、石像が吹っ飛んでいく。
「さすが」
《聖像ドミナ》は空中でぴたりと停止し、再び地面に降り立った。
ディアッチとは格が違う。でも、ステータス上昇をさせていない《聖像ドミナ》はレベル91で防御ステータスは103。
私の300超えの物理攻撃で叩いた以上、多少は効いたようだ。
明らかに疲れている。
面白いことに、石像が――途中からぐにゃりと曲がりかけているのだ。現実よりなのかゲーム仕様なのか、とても不思議な光景。
「《聖火クルクス》」
落ち着いた声が聞こえた。
《聖像ドミナ》の固有術。最強クラスの火魔法だ。
しかも、ガラスが反響するような音のおまけつき。
「最初に、自分に当てるなんて」
私に反射されるなら、一度、自分で反射させてしまえばいい。
白くまばゆい教会が、私を中に閉じ込める。
この魔法は《聖火》をたっぷりと浴びせ、浄化する術。火属性でありながら、闇属性に与えるダメージが大きいという特性がある。
ゲームでも見たことがあるけど、実物は驚くほど綺麗だ。
しかも、私の火反射を知って、即座に戦術を変えてくるなんて――すごい。
ゲーム内ではできなかった技術だ。
嬉しくて背筋がぶるっと震えた。
この世界のモンスターは確かに生きている。
「これが、術のダメージ」
体が焼かれている。
衣服に火がついて、白い肌が燃えている。HPがわずかに減った。
でも腕を振ると花火のようにぱっと消えた。衣服が瞬間的に元に戻った。
私の服は肌と同じ扱いなのかもしれない。
それと、火反射は機能しなくても、魔法防御ステータスが桁外れの私には効果が薄いようだ。
「終了っ!」
私の一声で《聖像ドミナ》はぴたりと動きを止めた。
これもすごい。
私は、『終わり』って言ったら終了と伝えた。でも、今は『終了』と言ったので、終わらないかなと思っていた。
これは、《聖像ドミナ》が私の『意図』まで理解していることになる。
本当に生きているんだ。
「色々協力してくれてありがとう。あっ、これ回復薬ね」
最上級のアイテムを渡すと、手がないにも関わらず、回復薬が宙に浮いた。
しおれた植物が持ち直すように、石像がぴしっと背を立てた。
ちょっとおもしろい。
「あー……でも、どうしよう。あとのこと考えてなかった……」
呼び出したものの、万能魔法で倒すのも気が引ける。
降臨書を見る限り、呼び出したモンスターを戻すことはできなかった。
と――《聖像ドミナ》の肩に二匹の小鳥が舞い降りた。
可愛いサイズの鳥たちは石像のうえを気に入ったようで、嬉しそうな鳴き声をあげた。
《聖像ドミナ》の表情が、慈しむように変わったように見えた。
「《聖像ドミナ》、あなたにはこのあたりの守護を頼める? 弱いものを守ってあげて。できるだけ目立たないように」
「主の望みとあらば」
《聖像ドミナ》は言葉短く、くるりと方向を変えて森に消えていく。
どうやって動いているのか、地面の上を滑るように移動する石像は振り返らなかった。
あれだけで伝わったのかはわからないけれど、意図は理解してくれている気がする。
降臨書の《聖像ドミナ》のページにはこう書かれている。
――すべての生を愛した慈母神の女性は石像となって万年の時を旅する。
小鳥たちのさえずりが一層大きくなった。
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