第18話 劉備、越女剣を伝授される
学問の後は、広場に出て運動する時間である。
劉備は、簡雍や公孫瓚らと共に、木刀で剣術の稽古をする。とはいっても、剣術の老師がいるわけではなく、健康体操のようなものである。
単福は、片隅の椅子に座ってその様子を眺めているだけであったが、やはり、剣術のプロなだけに、劉備たちのお遊び剣法が気になるのだろう。
「劉玄徳殿。あなたはいずれ、戦場に出る身でありましょう」
「さよう。戦場で名をあげて、身を立てたいと考えている」
「助けていただいたお礼というわけではないが、俺が劉玄徳殿に、一手、剣法を伝授しましょう。戦場で敵を突くにも斬るにも、身を守るにも役立つはずです」
「それは、ありがたい。単福先生、一手ご指南ください」
「では、型を披露しますから見ていてください」
単福は、劉備から木刀を受け取ると、シュンと風を切った。
それから、流れるように自在に木刀を振るう。一振りするたびに、風を切る鋭い音が響き、その震えが離れた場所で見守る劉備の肌にも伝わってくる。
くるくる回るながら木刀を振る様は、なよやかな女性の舞のようであるが、木刀を突き出す瞬間は、ハヤブサの嘴のように鋭い。
もちろん、劉備の力任せのお遊び剣法とはまるで違う。
単福が一通りの型を終えたところで劉備は拍手喝采した。
「すばらしい。剣とはそのように使うものなのですね」
「この剣術は、春秋戦国時代、越の女性剣客が編み出した剣術です」
単福が語るところによれば、春秋戦国時代、周の敬王の時に、呉の国と越の国が争い、呉王夫差が越王勾践を会稽山に囲んで捕虜とした。勾践は呉王のために、下働きをし、三年でようやく許された。以来、勾践は会稽の恥を忘れないために、部屋に苦い肝を吊るして毎日のようにそれを舐めて呉に対する復讐を誓った。臥薪嘗胆の故事の話である。
ただ、呉王の軍隊は強く、これに対抗するためには、兵士の訓練が必要である。
そんな折、越の上大夫である范蠡は、南山において、剣術に精通した一人の少女と出会った。その少女は、白猿を相手に竹棒で剣術の稽古をしており、その技の冴えは目を見張るものがあった。
早速、范蠡は少女を招いて、国師とし、兵士たちの剣術の訓練を頼んだ。少女の下で、兵士たちはその精妙な剣術を身につけた。その兵士たちを率いた勾践は見事に呉王夫差を討ち果たし、中原の覇者となったのである。
その少女は、九天玄女娘娘の化身との伝説もあるが、とにかく、その少女が編み出したのが越女剣と呼ばれる剣術だった。
「越女剣は、江湖では、比較的知られている基本的な剣術です。しかし、戦場で戦うのであればこの一手さえ、しっかり覚えれば、敵を突くにも斬るにも身を守るにも十分でしょう」
「この型を私に教えてくださるのですか」
「お教えしましょう」
それから、劉備は、越女剣の型を単福から教わった。繰り返し練習するうちに、型は覚えてしまう。
「劉玄徳殿は、なかなかに剣術の才能があるようです。後は、練習あるのみです。より速く、力強く繰り出せるように」
「単福先生のおかげで、武芸の腕が上がった気がします」
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