第14話 劉備、公孫瓚に見いだされる
劉備は武将の馬を目にして、感嘆の息を漏らした。
「見事な馬だ。白馬とは珍しい。将軍。あなた様は、さぞ、名のあるお方なのでしょうな」
武将は謙遜していう。
「それがし、将軍などという偉い者ではありません。幽州遼西郡で小役人を務めております公孫瓚と申します。太守からありがたいことに学費をいただきまして、涿郡の盧子幹先生の下に学びに行く途中なのです」
丁寧な答えに、劉備も慌てて、自らの出自を述べた。
「それがし、劉備と申します。世に出たいと願いながらも、未だ、この村で草鞋やむしろを織って、なんとか生計を立てている者です」
「劉殿ですか。すると、皇室の末裔ですか? 」
「はい。前漢の景帝の第九子、中山靖王劉勝の庶子の劉貞の末裔に当たります」
「なるほど。やはり、由緒ある家柄のお方でしたか。実は、それがし、お宅の庭にあるあの桑の木が気になりましてな。まるで、貴人がお乗りになる車の蓋のような形をしているではありませんか。きっとこの家には貴人がおられるに違いないと思い、足を止めた次第です」
「あの桑の木のことは、いろいろな人から珍しい木だと言われます。私もあのような車に乗れるような身分になりたいと願っているのですが……。現状は、食つなぐのが精いっぱいというありさま」
「それはもったいない。見たところ、あなたは、体格もよく、聡明なご様子。高名な師につけば、きっと道が開けるはずです」
「実は、一族の長老に当たる叔父から、学費を頂けることになったのです。ただ、師と仰ぐべき人がいないので、途方に暮れていたところです」
「それなら、私が、ちょうど、盧子幹老師の下に学びに行く途中なので、一緒に行きませんか? 」
「ありがたい。公孫殿が紹介していただけるなら、私も盧子幹老師の下で学びたいと思います」
このようにして意気投合した二人は、兄弟同然の仲になった。
公孫瓚の方が年が上だったため、劉備は彼を公孫兄と呼び、公孫瓚は劉備を劉弟と呼ぶようになった。
翌日、劉備は公孫瓚を伴って、劉元起の屋敷に挨拶に行き、盧子幹先生の下で学びたいと申し出た。
劉元起は、喜んで、劉備に学費を与えると共に、自分の息子である劉徳然にも二人と同行するように命じた。
劉元起が学費を出す時、その妻は、
「劉備は、別に一家を構えているのに、どうしてあなたが学費を出すのですか」
と不満そうに耳打ちしたが、劉元起は、
「我ら一門の中で、劉備だけは並の人間ではないからだ」
と意に介さなかった。
早速、準備が整ったところで、劉備は公孫瓚、劉徳然と共に村を旅立つ。すると、
「ちょっと待った! 」
と、童子が、劉備たちの後を追いかけてきた。
張飛である。矛代わりの棒を突きたてながら、
「劉兄は、俺を将軍にしてくれると言ったじゃないか。俺のことを置いて旅に出るなんてひどい」
劉備は首を横に振って、張飛を追い返そうとする。
「俺は、旅に出るんじゃなくて、勉強しに行くんだ。学問を修めたら、また戻ってくるさ。それまで待っていろ」
「勉強しに行くにしても、劉兄の護衛が必要だろ。俺が護衛としてついていくよ」
「俺は、自分の身くらい自分で守れるさ。張飛、お前はまだ、小さいんだから、家で母上、父上に尽くしなさい。さあ、戻れ」
劉備がそう言って、張飛の背中を押しやる。
「じゃあ、劉兄が帰って来たら、絶対に俺のことを将軍にしてくれよ。約束だぞ」
「ああ。約束するとも」
「それなら、劉兄が戻るまで、家で待つよ」
張飛が村に戻るのを見送ると、公孫瓚が言う。
「張飛ですか。あっぱれな子ですな」
劉備もうなずく。
「喧嘩が強いので、乱世ならば、猛将になっていたでしょう。ただ、そんな機会が来るのかどうか」
「きっと来るでしょう。今、世の中が乱れつつあるような気がします」
劉備が公孫瓚、劉徳然と共に馬を進めて、森の外れに差し掛かると、馬に乗った人が踊り出た。
「小劉。俺を置いていくなんて。そりゃないだろ」
簡雍である。旅支度しており、背中に荷を背負っている。
劉備は訊ねる。
「小簡。どこへ行くんだ? 」
「決まっているだろ。お前と一緒に行くんだ。張飛みたいに小さいからという理由で追い返すことはできないぜ」
「俺は、遊びに行くんじゃないんだぞ」
「わかってる。遊学に行くんだろ。遊びながら学ぶ。それなら、遊び仲間も必要じゃないか」
「おまえの分の学費は、俺は出してやれんぞ」
「学費くらい自分で用意してあるさ」
簡雍が銭が入った袋をポンポンと叩いてみせる。
「それなら、帰れとは言えないな。仕方ない。ついて来い」
「言われなくてもお供するさ」
こうして、劉備たち一行は、盧子幹先生の下に学びに行ったのだった。
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