第13話 劉備十五歳大志を抱く

 時が流れるのは早いもので、霊帝の治世の熹平四年(一七五年)。

 劉備は十五歳になっていた。既にひとかどの青年といってよい。

 母と共に草鞋を売ったり、むしろを編むという生活を続けながらも、一族の長老である劉元起が一族の子弟たちのために設けた私塾に通い、塾長の周老師から学問や武芸を習うようになっていた。

 劉備は、学問の方はそれほどでもなかったが、威風堂々とした姿に一目を置かれていた。それに武芸の方も、馬術や剣術は、人並み以上の腕前を示していた。

 ある時、周老師は、生徒たちにこう訊ねた。

「お前たちは、将来、何になりたいか? 」

 劉徳然たちが、村の発展のために尽くせる人物になりたいというような平凡な返答をする中、劉備はこう答えた。

「私は、皇帝になりたいと思います」

 周老師は、さぞ激怒するに違いないと、皆が息を吞む。

 周老師は、しばし、劉備と視線を合わせた後、うなずいた。

「劉備や。お前は、皇室の血筋であるから、皇帝になる資格は一応ある。だが、世の中、劉一族の血を引く者が何人おるか知っておるか? 」

「知りません」

「今上陛下以外にも、劉一族は数多おる。既に名を知られている者だけでも、劉焉、劉虞、劉表と挙げればきりがない。皇帝になれるのは、その中でもたった一人だけなのだ。運もあろうが、大事なことは皆から推戴されるということだ。皇帝になるためには、まずは、世の人に名を知られ、認められることだ。分かるかね? 」

「はい。老師」

 そのことがあってから、周先生は、劉元起に、

「劉備はきっとひとかどの人物になりましょう。遊学させて見聞を広げさせるべきです」

 と進言した。

 劉元起は、周先生の言葉に従い、自分の息子である劉徳然とともに、劉備を政庁に招いた。

「お前たちには、費用を出してやるから、遊学して見聞を広げるがよかろう」

 劉備は感謝して退出すると、早速、母の冉夫人に報告した。

 母の冉夫人も喜んで言う。

「男児たるもの。この小さな村に留まっていては、前途が開けません。村を出て見聞を広げれば、自ずと道が開けるでしょう」

「しかし、母上。見聞を広げるにしても当てもなく旅をするだけでは意味がないのではないでしょうか」

「そうですね。周老師は、誰の下で学べとおっしゃったの? 」

「周老師は、特に、老師を紹介してくれませんでした」

「それならば、村を出て、いろいろな人に話を聞きながら、高名な人物を探して、弟子入りするしかないでしょう」

 夕暮れ、劉備が母とそのような話をしている頃、劉備の家の前に、一人の人物が通りかかった。調った衣服に直刀を差し、見事な白馬に跨っている。見るからにひとかどの武将である。

 武将は、家の東南の垣根から張り出している例の桑の木を見上げると、ハッとして立ち止まった。

「これは見事な桑の木だ」

 と感心しつつ、門の向こうの家を見ると、半ば崩れかかっていて、使用人らしき者の姿はない。しかし、明かりは漏れているから人はいるようだ。と見た。

 馬を降りると、家の中に向かって、

「ごめんくださーい」

 と声をかける。

 朗々として見事な響きである。

 劉備も母の冉夫人も、一体、誰が来たのだろうかと顔を出した。

 武将は、挨拶すると、

「それがし、旅の者ですが、宿を取りそこねました。一晩、宿をお借りしたく存じます」

 冉夫人は言う。

「宿をお貸しするのは何でもないのですが、うちは貧乏なもので、大したおもてなしはできませんよ」

「かまいません。ただ、夜風をしのぐために小屋一つでも貸していただければ、十分です」

「それでしたら、小屋などと言わず、部屋はいくらでも空いていますから、中へお入りください。さあ、せがれや、お客様の馬を馬小屋へ案内しなさい」

「はい。母上」

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