第12話 皇帝ごっこ
数年後、劉弘は、幼い劉備を残したまま、病死した。
主人がいなくなった家は、使用人も去り、母の冉夫人のみが残された。手入れが行き届かなくなった家は、所々が壊れて、隙間風が吹き込むようになる。
劉備は、物心ついた時は、母しかおらず、父の記憶はほとんどないままに成長した。
母とともに、草鞋を売ったり、むしろを編んだりして生計を立てるという、侘しい暮らしをしていたが、あの桑の木だけは、劉備が生まれた時から変わらず、青々として、道行く人々は誰もが、目を止めるのだった。
劉備も、村の同じ年頃の子供たちを連れて来ては、「僕はきっと、こんな羽飾りのついた蓋車に乗ってやるんだ」と言って遊んでいた。
そんな遊び仲間の中に、同い年の簡雍がいた。成人後の字は憲和である。
劉備がお気に入りの皇帝ごっこを始めると簡雍はへりくだって訊ねる。
「皇上、僕もあなた様にお仕えしたいと思います。何にしていただけますか? 」
「そうだな。お前は、公公にしてやろう。昼夜俺の側に立って、俺の世話をするんだ。分かったな、簡公公」
「公公? おじいちゃんのことか? 」
簡雍が首をかしげると、劉備の従兄弟の劉徳然が笑って言う。
「違うよ。宦官のことだ。簡公公」
「なんだってー! コノヤロー! 」
また別の一人が劉備に訊ねる。この子は、劉備よりも十歳近く年下の童子である。しかし、同年代の子よりも体が一回り大きく、声も大きい。いかにもわんぱく小僧という感じの子である。
「皇上、俺もあなた様にお仕えしたいと思います。何にしていただけますか? 」
「そうだな。お前は喧嘩が強いから、将軍に取り立ててやろう。どうだ。張将軍」
「やったー! 将軍だー! 」
張将軍と呼ばれた童子は、太い枝を拾うと、矛のように突き立てて、劉備の側に侍る。
そんな童子の頭を劉備はポンポンと撫でてやった。
この童子こそ、後に万人之敵とも称される武勇を誇ることになる張飛。成人後の字は益徳である。
その他、大勢の子供たちが、例の桑の木の下に腰かける劉備皇帝から様々な役目を任じられて、最後は、子供たちが一斉に、
「臣、参見、皇上。皇上万歳万歳万々歳! 」
「平身! 」
「謝、皇上! 」
などとまるで本物の宮廷のようである。すると、
「お前ら! 何をしとるんじゃ! 」
と罵声が響き渡って、たちまち皇帝ごっこは散会となった。罵声の主は、劉備の叔父にあたる劉子敬である。
劉子敬は、子供たちを蹴散らしながら踏み込むと、劉備の大きな耳を引っ張る。
「叔父上! 痛いです! 」
「お前な! こんなところで皇帝ごっこをしているところを役人にでも見つかって見ろ! 我が一門が連座して、処刑されるぞ! 」
「いたたっ! 叔父上! どうかお手柔らかに! 」
「来い! お仕置きだ! 」
小柄な劉子敬に耳を引っ張られながら連れていかれる劉備は、既に叔父の背を越している。
そんな感じで、村の少年たちからは慕われつつ、母の冉夫人の仕事を手伝いながら、劉備は成長していった。
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