第11話 耳の大きな赤ん坊

 劉弘が、見やると、道士は鶴のような白髪なのに童顔で、俗人離れしている。劉弘も慌てて、挨拶を返して、自己紹介した。

「老師父、それがしは、無下にお断りしたわけではございませんが、ただ、出産の穢れが、お師匠様を汚さぬかと心配したのです」

「やつがれ、峨眉山を下りてより、四海をめぐり、行く先々を家としています。今日、お屋敷を通りかかったところ、あの桑の木を見て、はて? と立ち止まった次第。お坊ちゃまがお生まれになったとか。もし、お坊ちゃまを見せていただければ、どのような厄があるのか見てお祓いして差し上げましょう」

「それはいけません。お産の汚れが、三光に触れれば、それがしばかりでなく、老師父も都合が悪いでしょう」

「御心配には及びません。雨傘を差せば、汚れは天地に触れないし、鬼神も驚いて近寄らないでしょう」

 劉弘もそれならばと、道士を政庁に案内した。道士をそこに待たせると、寝室に行き、冉夫人に会った。

「調子はどうだね? 」

「天地神明とご先祖様のおかげによって、何事もありませんよ。見てください。大層、大きな赤ん坊でしょう」

「おおっ……」

 劉弘も冉夫人も背丈はそれほど大きくない。

 しかし、生まれた赤ん坊は、丸々していて、普通の赤ん坊よりも一回り大きい。耳が非常に大きく、腕がやや長いようだ。

 劉弘は、喜んで赤ん坊を抱き上げると、冉夫人に告げる。

「実は今、峨眉山から来たという道士が、うちにお斎を求めに来たのだが、厄払いの法を身に着けているというのだ。この子をみて厄があれば、祓ってくれるそうだが」

「峨眉山と言えば、蜀の名山。随分遠いところからお越しになったのですね。しかし、生まれたばかりの子ですから、出産の血が、神明を汚してしまうのではありませんか? 」

「私もそう言ったのだが、道士がいい方法を教えてくれた。雨傘を差せば差しさわりがないそうだ」

「それなら、抱いていってください。どうか、赤ん坊を驚かせないでくださいね」

「もちろんだ」

 劉弘は、従者に雨傘を頭上にさしかけさせると赤ん坊を抱いて、政庁に戻った。

 道士は、早速、赤ん坊を見て、しきりに褒めたたえた。

「すばらしい福相ですな。名前は付けられましたか? 」

「今日生まれたばかりでまだつけておりません」

「やつがれ、ご無礼でなかったら、お坊ちゃんに名をつけて差し上げますがいかがですか? 」

「老師父が名をつけてくださるのであれば、ありがたいことです」

「やつがれが見ますに、お坊ちゃんは、体格、容貌共に優れ、成長の暁には、前途が開け、大きなことを成し遂げるだけの才徳を兼備しているでしょう。そこで、名は備とし、成人後の字は玄徳。これで如何でしょう? 」

 劉弘は、それを聞いて大いに喜び、お礼の言葉を述べた。

「さあ、ここは、風に当たりますから、お坊ちゃんを奥につれていってくだされ」

 劉弘は、劉備玄徳と名付けられた赤ん坊を冉夫人の待つ寝室へ抱いていき、冉夫人にも道士が名をつけてくれたことを告げる。冉夫人も大層喜んだことは言うまでもない。

 劉弘は、政庁に戻ると道士を心を込めてもてなした。

 道士が劉弘の家を去る時に、例の桑の木を指して言った。

「あの桑の木をお坊ちゃん同様に大切になさりますよう。あの桑の木は、お坊ちゃまを世に送り出す福樹ですからな」

「老師父のお言葉通りにいたします」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る