劉備の学生生活

第15話 劉備、盧植の下で孫子の兵法を学ぶ

 盧子幹とは、盧植のことで、子幹は字である。

 盧植は、鄭玄とともに馬融に師事して儒学を学んだ経歴を有する。儒学だけでなく様々な学問に通じていて博学であり、信望も高かったが、仕官の誘いは基本的に断っていた。

 ただ、熹平四年(一七五年)に九江蛮が反乱を起こした際に、文武の才を買われて、九江太守に任命された。盧植は、蛮族の反乱を鎮圧し、民衆を落ち着かせると、病と称して、官職を去り、故郷の幽州涿郡に戻って自ら学問に打ち込むと共に、学舎を運営して、近隣の若者に教えていた。

 劉備たちが、入門したのはそんな折だった。

「盧老師の下で、学びたいです」

 劉備たちが挨拶すると、盧植は快く迎えた。

 盧植の学舎に入塾テストなどはない。学びたい者は誰でも受け入れていた。そのために、劉備たちが入門した時点で、学舎には百人近い学生がいた。

 盧植は、大広間に学生たちを集めて、経書の音読と解説を行う。盧植の声は鐘のように大きくよく響いたので、入門したての劉備たちが最後列の席に座っていても、その声を聞き取ることができた。

 盧植の授業は、経書にとどまらず、多彩であったが、劉備が特に好きな学問は、兵学であった。

 盧植が音読、解説する「孫子の兵法」を聴き、要点を書きとって、反芻する。

「兵は詭道なり……。なるほど、戦というのは騙し合いなのか。正攻法で勝つだけが戦ではないと」

 授業が終わってからも、劉備が兵書を熱心に読んでいると、盧植が声をかけた。

「劉備や。兵学に熱心だのう」

「はい。いずれ、私は軍を指揮する立場になりたいと思っていますので」

「なるほどのう。ならば、孫子の兵法で好きな言葉は何かね? 」

「道とは民をして上と意を同じくせしむるなり。故に以て之と死すべく、以て之と生くべくして、危きを畏れざるなり。という言葉です。道とは、民と君主を一心同体とすること。君主が正しい道を示せば民はついてくる。という意味ですよね」

「うむ。その言葉を大切にしなければならぬのは、君主。つまり、皇帝じゃ。しかし、今の皇帝は……。いや、やめておこう、ここで話すことではないからのう」

 盧植は夕陽が差し込む窓を見やりながら目を細めた。

 劉備はその傍らに立つ。

「劉備や。まもなく、世は乱れるであろう。そなたたち若い者は、戦乱の世を生き抜かねばならぬであろう。苦労することになるぞ」

「私は、戦乱の世を機会と捉えて、身を立てたいと思います」

「よきかな。よきかな。その心構えじゃ」


 劉備は学舎でも、宿でも、貴公子のように衣服を整えていた。劉一族の末裔とは名ばかりの貧乏人であるにも関わらずである。

 周りの学生は、ごく普通の衣服を着ていたから、そんな劉備の姿は目立った。

 もちろん、盧植は、劉備の衣服などまったく気にしていなかったが、学生たちは、

「どこの貴公子だろうか? 」

 と噂するようになる。

 自然に、劉備の周りには、人が集まるようになった。

 劉備は誰とでも気さくに接し、学費に困っている者がいれば、自らの金を惜しみなく渡してやった。おかけで、劉備は劉元起からもらった学費を使い果たし、簡雍や劉徳然に銭を借りなければならないほどだったが、財を投じるだけ、劉備の名声は上がった。

「劉玄徳殿は、義を重んじて財を軽んじるお方だ」

 という評判が学舎だけでなく、町中に、さらに、世間にも広まるようになる。

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