第16話 劉備、江湖の武芸者を救命する
ある時、劉備は簡雍と共に、町の郊外に広がる草原を馬で駆けていた。学問の合間の気晴らしである。
馬を全力疾走させて、草原の間にかかる小川を軽々と飛び越す。
「爽快だ! 」
「風になったようだ! 」
「小簡、それにしても良い馬だな」
「小劉、馬に名前を付けたらどうだい」
「そうだな。赤兎馬はどうだ? 」
「小劉、君の馬は赤くないぞ。赤兎馬なんておかしい。額に白い模様があるから、的盧はどうだ」
「的盧だと! ダメダメ、縁起が悪いわ。そんな名前」
そんな会話を交わしながら、再び、小川を飛び越した時である。
「おやっ? 小簡、今、川の中に人が浮いていなかったか? 」
「まさか。魚と見間違えたんじゃないか 」
「いや。あんなでかい魚がいるはずない。間違いなく人だ」
劉備が引き返すと果たして、小川の中に顔だけ出して男が浮いていた。気を失っているようだ。
劉備は、馬を降りて、川の中にジャボジャボと駆け込むとその男を抱え起こして、岸辺まで引き上げた。
衣服は、あちこちに切り裂かれた後があり、身体もたくさんの傷を負っている。手には剣を握りしめたままだった。
「おい。しっかりしろ。大丈夫か? 」
劉備はケガ人の頬を叩いて、息を確かめる。
「生きているのかい? 」
簡雍が訊ねると劉備はケガ人の鼻に指をあてる。
「息はしている。だが、怪我がひどい。早く手当てしないと」
「助けて大丈夫か? この人は、たぶん、普通の人間じゃないぜ」
「普通の人間じゃないってどういうことだ? 」
「江湖の人間。つまり、裏社会の人間かもしれん」
「誰でも構わん。とにかく、助けよう」
劉備はケガ人の男を馬に括り付ける、簡雍はその男の剣を持つ。
二人は一目散に、盧植の学舎に駆け戻った。
「盧老師! ケガ人がいます!」
「むっ、ケガ人じゃと? 」
盧植も急いで、駆け出てきて、劉備が下したケガ人の男を改める。
「傷がたくさんあるが、どれも致命傷ではない。これは、毒にやられているな。わしでは手に負えん。劉備、一走りして、町の外れにいる医師の先生を呼んできてくれ」
「はい! 」
劉備が駆けていった後で、盧植は、簡雍が持つ剣に目を止めた。
「簡雍。その剣はどうした? 」
「この男が握っていました」
簡雍は、盧植に剣を渡して、ケガ人の男を見つけた経緯を話した。
剣を改めながら、話を聞いた盧植は、なるほどとうなずく。
この当時、剣と言えば、直刀が主流であった。直刀とは、剣に片刃だけをつけたものである。両刃の剣に比べて、製造しやすくコストが安いことや馬上で振るう際に折れにくいといったような理由により、剣に代わって、主流となったのだった。
今や、両刃の剣は、儀式のためのものや特別な身分の者のためのものが作られているにすぎない。また、古来から伝わる伝説の銘剣は、両刃の剣が多かった。
その剣は、文字通り、剣の形状をしていた。
盧植は、その剣の形状や材質からして、並みの剣ではないと見たのである。
「この男は、おそらく、江湖の人間であろう。決闘をしている時に相手の毒を浴びて、倒れたのであろう」
「もしかしたら、その相手が、この男の行方を探し回っているのでは? 」
「いや。その心配はあるまい。その相手はこの剣によってとどめを刺されただろう。剣に大量の血の跡が残っている。おそらく、心の臓を深々と一突きした跡だ」
「それならよいのですが」
「さあ。簡雍、この男を奥に運べ」
簡雍がケガ人の男を寝室に運び込んだところで、劉備が早くも、医師と共に駆け戻ってきた。
盧植が医師を案内する。医師は早速、ケガ人の男の衣服を開けて、診察を始める。
「呉普先生、どうでしょうか? 」
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