華燭の典

第46話 劉備、趙雲に問う「丐幇とはいかなる組織か?」

 その日も、劉備は趙雲一人を連れたのみで、小沛の街をぶらぶらと歩いていた。

 街は、活気を取り戻しつつあったものの、飢饉やイナゴの害による不作が続いたこともあって、貧しい者も多い。

 街中には、穴だらけで薄汚い布切れを羽織っただけの乞食などもおり、道端に座り込んで、道を行く人々に施しを求めている姿もあった。

 劉備は、そんな人たちを見かけると、できる限りのことをしてやりたいと思うのだが、その数があまりに多いと、劉備としても一人一人に、声をかけることは難しかった。

「趙雲よ」

「はっ」

「救民のための施設を造る必要があるな」

「自分もそう思います」

「土地はたくさん空いている。乞食をしている民でも、耕作に従事すれば定住してくれるし、人口も増えて、税収も増える。兵士のなり手も確保できるようになろう。資金のことは、麋子仲殿に相談するとしようか」

「そうなさいませ」

「それにしても……。今日は乞食がやたらと目につく。あちこちから乞食が集まって、集会でもあるのかと思うほどだ」

 今歩いている道をざっと見渡したところ、道端に座り込んでいる乞食が十人以上、いや、もっといるかもしれない。道を歩く住民よりも乞食の方が目立つほどだ。と劉備は感じていた。

 一方、趙雲は、その乞食どもを見渡して、

「この者ども。ただ者ではないな……」

 と感じていた。多少なりとも武芸ができる者が混じっている。と見たのである。そうした者は、例外なく、目印のように小さな袋をいくつか、首にかけたり、腰に巻いていた。

「主公。乞食の集会と言うのは、当たっているかもしれません」

「うむ? 」

 趙雲が珍しく自分から話をするので劉備は、意外な顔で趙雲を見やった。

「江湖の噂話ですが、乞食の組織があるそうです。その名は丐幇と言います」

「乞食の組織とな? 乞食が集まって、何をするというのかね? 」

「生活面の共助が第一でしょう。それから戦闘集団でもあるようです」

「賊とは違うのか? 」

「違うようです。その力は義俠の行いに対してのみ使われるとか」

「そのような組織があるとすれば、乱世の今こそ必要なのであろうな。その丐幇の拠点は、この近くにあるのか? 」

「いいえ。丐幇は、乞食の組織ですから、拠点というものはありません。ただ、仲間内で連絡を取り合う手段があるらしく、年に何度か、場所を決めて、集会を開くこともあるそうです」

「すると、今回は、ここ小沛の近くに集まって、集会を開こうとでもいうのか? 」

「その可能性があると思います」

「それは面白い。どのようなことが話し合われるのか見てみたいものだな」

 劉備がそう言ったとき、道のわきから、乞食の少年がよろよろとした足取りで劉備に倒れ掛かってきた。

 劉備は慌てて、その細く小柄な少年を支えた。

 着物は厚着であるが、何十日も洗っていないらしく異臭を放ち、ほこりや泥にまみれている。頭にはこれもほこりと泥にまみれた布巾を巻いていて、髪が隠れていた。

「おい。大丈夫か? 」

 劉備が少年の顔を覗き込むと、少年が見返してきた。

 こんなきれいな目をした人間がいるのだろうか。というのが、劉備がこの少年と目を合わせた時に初めて感じた印象である。

 顔も泥にまみまれているが、髭らしいものはまるでないため、年少であろうと思った。

 その少年が、かすれ声を漏らした。

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