第45話 劉備、糜竺に出会い、資金の提供を受ける

「面会を求めている者がおります。陶州牧様の別駕従事を務めている糜と言うお方だそうです」

 劉備は首を傾げた。

「糜と言うお方だと? 面識はないが、陶州牧様の別駕従事であれば、お会いせねばなるまい」

 劉備は、早速自ら赴いて、糜なる者にあいさつした。

 その者は、劉備と同じくらいの年であろう。武将や文官と言うよりも、商人と言う感じの腰の低い人であった。

「私は、糜竺。字は子仲と申します。本来、私は、この土地に住む商人に過ぎませんが、今は、陶州牧様の下で別駕従事なる職務についております」

 劉備も自己紹介をすると、挨拶を返した。

「これはこれは、糜子仲殿でしたか。あなた様の噂はかねがねお聞きしておりました。本日は、わざわざ、お越しいただき、恐縮です」

「私も、劉玄徳殿の御活躍については、かねがね噂を聞いており、いずれ、お会いして、お話を伺いたいと思っておりました。今日は、お会いすることができ、光栄に存じます」

「こちらこそ。まずは、政庁へお越しください」

 劉備が糜竺を政庁に案内すると、簡雍は相変わらず、長椅子で寝そべったままである。糜竺をちらりと見やっても、挨拶もしない。

 さすがに劉備も、イラっとする。

「簡雍。君も挨拶しろ。こちらは、陶州牧様の別駕従事の糜子仲殿だ」

 糜竺が簡雍に丁寧に頭を下げても、簡雍は、寝そべったまま、軽く手を上げただけである。

「ああ。俺は、劉備の幼馴染の簡雍という者だ。よろしく」

 なんと、失礼な奴だと、劉備は、内心舌打ちしつつも、

「この者は、変わり者でしてな。まあ、気にしないでください」

 と作り笑いしながら、弁解する。

 糜竺は簡雍を失礼とも思わないのか、穏やかさを保ったままだ。

「幼馴染とは羨ましい。すると、劉玄徳殿の武勇伝のすべてをご覧になってきたのですな」

 と、簡雍に訊ねる。

「おう。そうよ。あんたが聞いている武勇伝も、俺が作って吹聴したものだよ。三割くらい話を盛っているけどな」

「それはそれは。あなた様から話をお伺いしたくなりましたな」

 糜竺の用件と言うのは、劉備に資金を提供したいというものだった。

「わずかですが、あいさつ代わりに」

 と糜竺が差し出した資金は、かつて、張世平と蘇双が劉備旗揚げに際して差し出したものと同じくらい多額であった。

「こんなにたくさんの資金を頂いてよいのですか」

 と劉備は唖然とした。

「私の家は、先祖代々、利殖に努めておりまして、資産も莫大にあるんです。しかし、銭はため込むだけでは意味がありません。世のため、人のために尽くすお方を援助するというのがかねてからの私の願望でした。私は、戦のことは分かりませんし、政治のことも疎く、できることと言えば、利殖のことだけですからな。それゆえ、劉玄徳殿に資金を差し上げるのです」

「そう言うことでしたら、糜子仲殿のから頂いた資金、ありがたく使わせていただきます」

 これ以降、糜竺は、度々、劉備の下を訪れて、資金や情報を提供すると共に、簡雍とも親睦を深めていくことになる。

 糜竺が正式に劉備の配下になるのはもう少し先のことである。


 劉備はこうして、一万人規模の軍勢と資金をもって、小沛に移動し、新たな拠点としたのである。

 小沛は、簡雍が言うほどに廃墟というわけではなかった。確かに、人は少なく、流民となって逃げた者も多かったが、それだけに、土地が余っており、開発の余地があった。

 劉備は早速、仕事のできる文官に命じて、開発、耕作、治水、商業などの内政を執り行わせた。

 このころ、劉備の下で文官として仕事をした者の中に、陳羣、字を長文という者がいた。彼は後に、劉備が曹操に敗れた時に、曹操に降伏し、その配下となり、九品官人法と言う官僚採用法を提言することになる。

 一方で、劉備は、関羽や張飛らには、軍の訓練もかねて、周辺に跋扈する山賊などの討伐や懐柔に当たらせた。山賊や腕に覚えのある武芸者の中には、劉備の名声を慕って、傘下にはせ参じる者もあった。

 陳到、字は叔至と言う武将もその一人で、劉備は彼の武芸と指揮能力の高さを買い、趙雲と共に自らの親衛隊を指揮させる役を担わせるようになった。

 治安が回復してくると、劉備の名声を慕って、集まってくる民衆もおり、小沛の街は、少しずつ活気を帯び始めた。

 劉備は、護衛に趙雲又は陳到のいずれか一人をつけるのみで、街に出て、人々の暮らしぶりをつぶさに視察し、人々と語り合い、人々の陳情を内政に反映させたのである。

 そんな街歩きの最中で、劉備は、人生最大の出会いを果たすことになる。

 さてさて、どのような人物と出会ったのかは、次回のお楽しみとしましょう。

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