第44話 劉備いよいよ、豫州刺史となる

 曹仁の軍勢が、州の境を抜けて彼方に去ってしまうと、劉備と陳登の軍勢は追撃を中止した。

 劉備は、陳登と改めて、対面し、お互いに名乗り合う。

「劉玄徳殿が、曹操の兵站を突いてくださったお陰で我らの徐州は救われました。劉玄徳殿には感謝してもしきれない。陶州牧も、きっとあなたに会いたいでしょう。城にご案内いたします」

 陳登の案内で、劉備たち一行は、陶謙の居城に入り、政庁で、陶謙と対面した。

 援軍の総大将は、田楷であり、劉備はその配下と言う立場だったが、陶謙は、別動隊を指揮して、曹操の兵站を突いた劉備の戦ぶりを高く評価した。

 そればかりでなく、陶謙は、

「劉玄徳よ。どうか、わしの下に留まってくれぬか」

 と申し入れてきた。田楷もこれを認めたために、これ以降、劉備は、陶謙の客将のような立場になった。

 陶謙は、劉備をことあるごとに呼び寄せて、様々なことを話し合った。

 最大の課題は、今後も繰り返されるであろう曹操軍による蹂躙をどう防ぐかということである。

 陶謙の下問に劉備は答えた。

「徐州は、境界に丘陵地が点在しているとはいえ、徐州に入る道はたくさんあり、外からの侵入を完全に防ぐことは難しいでしょう。あちこちに城や砦を築いて、侵入に備えるより、侵入された時に、敵の補給路を断って、深入りした敵を孤立させる作戦が有効だと思います」

「うむ。すると、敵の補給路を断つために、外に兵を置く必要があるな」

「さようです。徐州の西の豫州のどこかの城に我が方の味方の勢力を置き、敵の補給路を遮る役割を果たさせれば有効と思います」

 豫州とは、現在の河南省に相当する地域のことである。黄河の南、中国第三の河川の淮河の北に位置し、広大な平原地帯が広がる。歴史的に、中原と呼ばれてきた地域で、その中心には、漢の首都洛陽があり、中華文明の中心地と言える地域である。

「豫州のどこかのう……」

 しばらく考え込んでいた陶謙は、ひらめいたように目を開いた。

「そうじゃ。一つ、格好の場所がある。豫州の片隅に小沛という小さな城がある。あの城は、一応、わしが預かっているが、太守を任命していなかった。あそこに、勇将をおくのが良かろう」

 陶謙は、劉備に小沛の具体的に場所を教え、

「ついては、劉玄徳よ。そなたに、その役目を担ってもらいたい」

 と頼み込んだ。

 劉備が直ちに承知する。

 この時、陶謙は、劉備に新たに四千の丹陽兵を与えた。これにより、劉備の軍勢は充実し、万単位の勢力となったのである。

 その上で、陶謙は、劉備を豫州刺史に任じた。


 陶謙が目をかけている劉備の下には、徐州に住む様々な人物が訪問してくるようになった。

 中でも特に劉備と意気投合したのが、麋竺と言う名の資産家であった。

 小沛に出発する前、劉備は、陶謙にあてがわれた邸宅で、寝そべり族の簡雍を相手に雑談をしていた。

「なあ、小劉。小沛とか言う土地は、民が流民となって逃げて、今では、人がいるかもわからない廃墟みたいな土地らしいぞ」

 簡雍が長椅子に寝そべりながらため息をつく。彼に言わせれば、肥沃で人も多い徐州にとどまった方が、美味しいものが食べられるし、劉備軍の英雄談を吹聴するにしてもやりがいがあるというものなのだろう。

「そうだとしても、豫州の一部だぞ。中原の一角に拠点を構えることは、大きな意味がある」

「そりゃ。人がたくさんいて、大きな都市だったらの話さ。誰もいないところは、中原だろうと、意味がないさ。廃墟を一から再開発するとしたら、どれだけ銭がかかるか分からんぞ。俺たち破産しちまうかもしれんわ」

「また、銭の話か。確かに、俺たちは、いつも銭で困っているが、今度は、陶州牧様から、人手も銭も頂いているのだから、なんとかなるだろう」

「気楽だな。小劉は」

「気楽なのは、君の方だ。小簡。いつも寝そべっているばかりで、戦も内政もしないじゃないか」

「言っただろ。俺は、小劉の英雄伝を吹聴して回るのが仕事だ。そのおかげで、銭が転がり込んでくることもあるだろう」

 簡雍がそう言った時、取次の使用人が劉備の下に駆けてきた。

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