第51話 出会いがあれば、別れもある
それから数カ月がたち、劉備と甘梅の華燭の典が行われた夜、最も喜んだのは、簡雍であった。
「小劉もいよいよ結婚か。こりゃ、俺も小劉の屋敷から追い出されてしまうな」
そう言いつつも、簡雍は涙を流して、拍手喝采していた。
関羽、張飛、田豫、趙雲。新たに劉備軍に加わった陳到、陳羣らも、劉備と甘梅の結婚を盛大に祝った。
宴が終わり、劉備と甘梅が部屋に引き取る。
寝台に腰かけると
「ねえ。玄徳さん……」
甘梅が劉備にささやく。
「うむ……? 」
「私たちの初夜のこと。誰かに生々しく聞かせたい? 」
「初夜のことは、私と君だけの秘密、一生の思い出にしたいな」
「そうよね。私もそう思うわ。だから……」
甘梅が寝台をゴンゴンと叩いた。
「聞いたでしょ! 出ていきなさい! 」
劉備が目を丸くすると、
「あっちゃー! バレていたのか! 」
簡雍が寝台の下の隙間から這い出てきた。
「酒臭いんだからバレバレに決まっているじゃないの! 」
「小簡! お前は野暮な奴だな……! 」
「俺は、小劉の英雄伝に華を添えるために、取材していただけだからな。別に下心があるわけじゃないぞ! 」
簡雍はそういいつつ、這う這うの体で逃げていった。
「はあ。これからは、寝る前に寝台の下を点検しないといけないな。あと、隠れる場所はあるかな」
劉備がそう言って、赤く飾り立てられた部屋を見渡すと甘梅が劉備の手を取った。
「大丈夫よ。私なら、誰かがいれば気配で分かります。今も、外に趙子龍殿がいますわ」
「うむ? 趙雲、おるのか? 」
劉備が外に向かって声をかけると、趙雲が、
「はっ。おります」
と答えた。
「趙雲、今日は休んでくれ」
「では、失礼いたします」
「うむ」
趙雲の足音が遠ざかると、劉備は甘梅と目を合わせた。
「これで二人っきりだろうな」
「はい。私たちの初夜の思い出作り……」
「うむ。始めよう……」
出会いがあれば、別れもある。
この時期、劉備は、つらい別れも経験している。
劉備軍が誇る少年軍師田豫の下に老齢の母から、「帰ってこい」との手紙が届いたのである。
田豫は、涙ながらに劉備に、そのことを報告した。
「御母堂からの手紙が届いたのであれば、戻らざるをえまい。これからは、御母堂に孝行を尽くすがよい」
そう言う劉備の声は悲しみに震えていた。
「劉玄徳様、お世話になりました。劉玄徳様と過ごした日々は、生涯忘れません」
「うむ……。君と共に大事を成せないのは惜しい」
「母に孝行を尽くしたら、その時は、再び劉玄徳様のもとにはせ参じます」
「いや。田豫、いずれ、君は再び世に出ることもあろうが、その時は、その時の時世を見て、これぞと思った者に仕えるがよい。私にこだわる必要はない。そもそも、この先、私もどうなるか分からんからな」
劉備はそう言って、カラカラと笑おうとしたが、涙がこぼれるのをこらえることができなかった。
田豫は、数年後、友人の鮮于輔の幕閣となって、再び働き始めることになるが、そのころには、公孫瓚が袁紹によって滅ぼされ、袁紹が曹操と覇を争うようになっていた。鮮于輔は、誰に従属するべきか迷って、田豫に相談。
田豫は、時世を読み、
「これからは、曹操の時代になるでしょう。早く曹操に帰属するべきです」
と進言した。
鮮于輔もこれに応じて、二人して、曹操の配下となる。
以後、田豫は魏の武将として、主に、北方において、異民族との戦いに従事。さらに時を経て、孫権の呉との戦いにも参謀として出陣する。それらの戦いにおいて、劉備軍の少年軍師として学んだことを生かしたことは言うまでもない。
田豫が劉備や蜀の軍勢と矛を交えることは、生涯なかった。
「小説正史三国志 蜀書編」 歴史書たる正史をライトノベル小説として、まじめにサクッと読みたいあなたへ、眠くならず、読める読み物を提供します。 shikokutan(寝そべり族) @shikokutan
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