「小説正史三国志 蜀書編」 歴史書たる正史をライトノベル小説として、まじめにサクッと読みたいあなたへ、眠くならず、読める読み物を提供します。

shikokutan(寝そべり族)

プロローグに代えて「劉二牧伝」

第1話 蜀とは

 蜀とは、現在の中国で言えば、四川省、重慶市、雲南省、貴州省に相当する地域にあった国である。

 急峻な山岳地帯があり、天険の要害に守られているため、攻めるのは難しく守るのはたやすいという軍事的な好条件に恵まれている。さらに、四川盆地は、温暖で肥沃であるため、古来より米などの農業が盛んで天府之国とも呼ばれた。

 そんな恵まれた地域であるため、中原の戦乱をよそに独立国として存在し得たのである。

 もっとも、蜀は、中国の一部とは言え、漢民族以外の民族も多数暮らしていた地域である。現在でも、これらの地域には少数民族がたくさんいるし、四川語という独特の言葉を話す人も多い。

 三国志の時代、この蜀を支配した劉備はもちろんのこと、最初の支配者となった劉焉も、蜀で生まれ育った人間ではなく、他所からやってきた人である。

 当時は、今の中国のように普通語で統一された教育を受けていたわけではなく、山一つ越えれば、言葉が全く通じないという状況だった。

 そんなわけで、蜀に住む庶民にとっては、言葉も通じないよそ者が兵を率いて侵略してきて、勝手に皇帝だの群雄だのと称して魏や呉と争っていたのであるから、全く迷惑なことだっただろうと想像できる。

 諸葛孔明が、

「魏を討って漢王朝を復興する」

 という大義名分を掲げて、兵士たちを北伐に駆り立てたとしても、その兵士たちは、豊かな蜀でのんびり暮らしたいというのが本音で、

「なんで俺たちが、よそ者のために戦わなければならないんだ」

 となるわけだから、士気はすこぶる低かった。

 後に、蜀が鄧艾の迂回作戦によって、強襲されると、余力があるのに戦わずして降伏したのもそのためである。魏、呉、蜀の中で、蜀が最も早く滅びたのも必然だったと言えよう。

 ともあれ、無駄に天険の要害の外に打って出ずに、守りを固め、そこに暮らす様々な民族の人心を得れば、独立国として長く存立することができる。航空機のない時代であれば、その戦略は十分に成り立ったわけで、古来から、蜀の地に目をつけた者は多かった。


 後漢末、黄巾の乱をきっかけに群雄割拠の時代になると、最初にその蜀に目をつけたのは、劉焉だった。

 劉焉は、字を君郎といい、荊州江夏郡竟陵県の人だった。今で言えば、四川省、重慶市の隣の湖北省の生まれだったわけで、それほど離れているわけではないが、やはり、当時の蜀の人から見ればよそ者である。

 劉という苗字を見れば分かるとおり、漢王室の末裔の一人、つまり、漢を立てた劉邦の子孫である。前漢の魯王という人の後裔とされている。

 もちろん、劉焉は、当時の漢王室の正嫡ではないから、黙っていればいずれ、自分に皇帝の座が回ってくるなどということはない。劉邦以来、代々の皇帝は、たくさんの子を産んで、その子供たちが各地に散らばって、さらにたくさんの子供を産むということを四百年近く繰り返したわけであるから、群雄割拠の時代、劉邦の子孫と称する劉〇〇という人物は、ただの村人も含めれば、どれほどの数に膨れ上がっていたか知れない。

 劉焉もそんな一人である。何もしないで家でじっとしていても、ただの村人として人生を終えることになるにすぎなかったわけで、世に出るためには、勉強をして役人になるしかなかった。

 劉焉は勉強して、役人になり実績を上げて出世し、中郎に任じられた。勉強するにしても、独学でというわけにはいかず、師匠が必要である。

 劉焉の師匠は司徒にまで出世した祝恬という人物だったとされている。祝恬は、中山国と呼ばれた今の河北省あたりの出身である。

 おそらく、劉焉にとっては学問の師であり、職場の上司でもあったのだろう。祝恬が延熹三年(一六〇年)に死去すると、劉焉は、喪に服するために、いったん役人をやめている。

 在野の身分で、陽城山に居住。自ら学問に励むと同時に、人々にも学問を教えて名声を高めた。

 やがて、賢良方正に推挙されて、再び、司徒の幕客となり、役人として働き始めた。その後は、洛陽の県令、冀州刺史、南陽郡太守、宗正、太常ととんとん調子に出世していった。

 なお、三国志演義では、黄巾の乱の当時、劉焉は、幽州太守を務めており、そこで劉備とニアミスすることになっているが、幽州太守を務めたという記録は、正史にはなく、劉備とニアミスすることもない。

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