第2話 劉焉、州牧制度を進言
霊帝の時代になると、劉焉は、高官に出世しており、朝廷にも意見を言える立場になっていた。
政治が乱れ、漢王朝の行く末を案じた劉焉は、
「刺史や太守は、賄賂により官職につき、民を虐げ、その結果朝廷への離反を招いております。清廉の評判の高い重臣を選んで地方の長官とし、国内を鎮定すべきです」
と、意見を申し上げた。
要するに、刺史や太守の上に、あるいは、刺史と並列して、「州牧」という監督の職を置き、私たちのような自称「清廉の評判の高い重臣」を任命してくださいよということである。
どういうことかというと、劉焉は、洛陽で役人をしていたのでは、いずれ戦乱に巻き込まれて自分の身も危うくなる。だから、地方の有力な官僚になって逃げて身の安泰を図りたい。でも、刺史や太守の職は埋まっているから、新たな役職を設けて、自分たちを任命してもらおう。と考えたわけである。
しかも、劉焉は、自分がどこに行きたいかの希望もすでも持っていて、「交阯の州牧」を希望していた。
交阯というのは、現在で言えば、広西チワン族自治区、広東省、海南省、ベトナム北部あたりの地域である。
当時の中国の最南端に位置する辺境の地である。
しかし、温暖な気候に恵まれていることや、中央の混乱とは無縁の比較的平和な地域であったことから、黄巾の乱後、戦乱の時代になると、中央から多くの人士たちが移住したという。
劉焉も、この後、戦乱の世がやってくると予見し、「交阯の州牧」になって、乱を避けようと考えたわけである。
さて、当時、中央で高級官僚を務めていた劉焉には、様々な友人がいた。
その中の一人に、益州広漢郡綿竹県の出身の董扶という人物がいた。字は茂安といい、霊帝の時代には、何進の招聘を受けて、中央に出仕し、侍中に任じられていた。儒宗と仰がれるほどに、人格識見優れた人物であった。
董扶は、儒学を修めたほか、特に、図讖という占いの技に長けていた。
劉焉は、「交阯の州牧」に任じられることを望んでいたが、待てども待てども、朝廷から、聖旨が下らない。
「さて、どうしたものか」
と董扶に相談を持ち掛けたのである。
「劉君郎殿。交阯の政治は安定していて、州牧など必要としないでしょう。いくら待ったところで聖旨は下りませんぞ」
「しかし、この乱れた世の中、中央で役人をやっていたら、いずれ身を亡ぼす。なんとか、安全な地方の役職に有り付きたいものだ」
「それなら、私の占いの結果をお聞きになりますか? お耳を拝借。大きな声では言えませんからな」
「うむ? 」
「都はまさに乱れんとしている。これは星宿からも明らかですし、劉君郎殿も予見しているとおりです」
「うむ」
「私が見たところ、益州の星宿には天子の気がございます」
「何が言いたい? 」
「州牧になるなら、益州を希望しなされ。今後、益州を支配した者が、新たな天子となるでしょう」
「益州……。益州とは蜀のことだな」
「さようです。中原から見れば、辺境の地ですが、天険の要害に守られ、肥沃な土地でございます。まもなく起きる中原の乱を避け、蜀で力を貯えなされ。さすれば、次の王朝の天子となれましょう」
董扶の言葉に、劉焉は、今まで感じたことのない野心を滾らせ始めた。
(そうか……。乱れた世から、逃げるのではなく、わしが新たな世を築くという手もあるな。益州、蜀か……)
早速、劉焉は、益州に関する情報を集め始めた。
すると、益州刺史の郤倹が、重税を取立て、怨嗟の声が上がっているとのうわさを耳にする。劉焉が、これはチャンスだと考えた。
さらに、并州や涼州などでは、刺史が殺害されるという事件が起きるようになり、いよいよ、地方政治が混迷を極めていることを朝廷も認識するようになった。
かねてからの劉焉の進言が実現する土台が調った。劉焉は、自らが益州の牧に任命されるように朝廷に根回しする。
その結果、霊帝からの聖旨が下った。
「郤倹らは、貪婪、放埓、賄賂を受け取り、その政治はでたらめを極めている。民は頼りにする者もなく、怨嗟の声が野に満ち溢れている。劉焉は、直ちに、益州に赴き、彼らを逮捕して、法を施行し、万民に示せ」
「聖旨を承りました」
神妙な顔つきで聖旨を受け取った劉焉は、内心、ほくそ笑んでいたことは言うまでもない。
また、董扶も蜀郡都尉を希望して認められ、劉焉に同行することになった。董扶は、劉焉のために道案内役となったということである。
さらに、太倉令の官を務めていた趙韙という将軍も、官を棄てて、劉焉に従った。
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