第4話 劉焉と張魯の密約
ちょうどこの時期、益州には、中原の混乱から逃れて、流入する民衆が多くいた。史書には、「南陽・三輔の民数万戸が益州に流入」していたとある。彼らは、劉焉と同じく、蜀の人間から見れば、よそ者である。
劉焉はこの民衆に目をつけた。
劉焉は、同行した趙韙に命じて、彼らを兵士として訓練させ、東州兵と名付けた。この東州兵の武力を背景にして、賈龍ら土着の役人たちを押さえつけようと考えたのである。
一方で、賈龍らが朝廷と連絡を取ってしまえば、朝廷から征討軍を差し向けられる危険がある。そこで、蜀と朝廷との連絡路を絶つ必要があった。
その連絡路に位置するのが、漢中である。
格好の人物がいた。
このころ、蜀では、五斗米道と呼ばれる道教集団が勢力を広げていた。道術を学ぼうとする者から五斗の米を取ったことから、五斗米道と呼ばれ、その勢力は、黄巾の賊と同類とみなされ、米賊とも呼ばれていた。
その教主が張魯である。祖父張陵が五斗米道を起こして以来、既に三代目の教主となっていた。
張魯の母は、巫術に長けた美貌の持ち主であり、劉焉がこれに目をつけて、しょっちゅう、自分の家に招いていた。
張魯の母とすれば、新しく赴任してきた州牧の劉焉に取り入って、五斗米道の活動を容認してもらおうと考えたのであろう。
一方、劉焉も、かなりの勢力を持つ五斗米道の輩が使える。と直感した。
利害関係が一致したのである。
劉焉は、ひそかに張魯を招くと、こう話した。
「お前たちの活動を容認する。おまけに土地も与えてやろう」
「ありがとうございます。劉州牧。その土地とはどこの土地でしょうか? 」
「蜀の北に漢中という土地があるのを知っておろう。その土地を奪ってお前たちが治めよ」
「反乱を起こせということですか……。しかし、そうすれば、朝廷が黙っておりますまい……」
「いいか。朝廷は今、混乱しておって、たとえ、漢中がお前たちの手に落ちても、征討軍を送る余裕はない。おまけに、長安と漢中を結ぶ地点には谷があって、ここを通る橋を落としてしまえば、長安からは、軍を送ることができなくなる。もちろん、漢中の背後を抑えるわしは、お前たちに兵を差し向けることはない。お前は漢中において、独立王国を築くことができるのだぞ」
「……。独立王国……ですか……」
張魯は、皇帝だの王だのになりたいという野望はそもそも持っていなかったが、五斗米道の教主として教団を大きくしたいという志はあった。そのための拠点となる地を得ることができるのならば、それに越したことはない。
張魯は、劉焉の提案に乗った。
「わかりました。貧道、漢中において、教えを広げたいと存じます」
「うむ。行くがよい」
劉焉は、張魯に督義司馬という位を与えて、漢中に向かわせた。
張魯は、母や家族を劉焉の下に置いたまま、信徒たちの軍勢を率いて、漢中に入るや、たちまち、役所を襲撃して、蘇固太守を殺害。長安への通路にかかる橋を落として支配権を確立した。
それを確認した劉焉は、被害者面して、朝廷に、
「米賊が、道路を遮断してしまったので、もはや、都との連絡は不可能になりました」
と上申している。
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