第5話 劉焉の四人の息子

 そのころ、朝廷は、宦官の集団である十常侍と外戚から台頭した大将軍何進との対立が激化。何進が殺され、さらに、袁紹らが宮中に乱入し、宦官を殺害したことで、大混乱に陥り、少帝やのちに献帝となる劉協が宮中から逃げ出す。

 やがて、董卓が少帝と劉協を保護。少帝を廃して、献帝を擁立し、専横を極めるようになる。董卓の専横に対して、袁紹らが反董卓連合軍を組織するという状況にあった。

 劉焉は、中央の混乱を黙殺した。

 自らの兵力である東州兵を得て、朝廷との連絡路も絶った。おまけに、朝廷は混乱している。

 劉焉は、いよいよ、野心を露わにする。

 まず、益州の有力な豪族である王咸、李権ら十人余りを命令に背いたなどという理由をつけて、殺害した。

 劉焉の野心を知った賈龍は、ほぞを噛み、犍為太守の任岐らと共に反乱を起こしたが、既に、劉焉は蜀を押さえるのに十分な兵力を有していた。賈龍、任岐らはあえなく敗れ去り、殺害されてしまう。

「これで、わしは安泰じゃ。後は、中原の混乱を尻目に力を温存するだけじゃわい」

 蜀の地を手に入れた劉焉は、そう言って高笑いすると、天子が乗るような車を千乗余りもこしらえて、その権勢を示すようになった。


 そのことを隣国の荊州の牧となっていた劉表が風の便りに聞き、都の朝廷に、

「劉焉は天子のまねごとをして謀反の心を抱いている」

 と報告した。

 当時の都は、董卓によって、洛陽から長安へと移されている。

 献帝は、劉表からの報告を受けると、都にいた劉焉の子の一人を呼び出した。

 劉焉には、史書に残る子としては、劉範、劉誕、劉瑁、劉璋の四名がいた。

 このうち、劉瑁は、劉焉と共に蜀に赴いている。

 劉範は、左中郎将。

 劉誕は、治書御史。

 劉璋は、奉車都尉。

 といった朝廷の高官の職に就いている。

 献帝が呼び出したのは、献帝の近侍として仕えていた四男の劉璋である。

「朕は、そなたの父が、蜀において、天子のまねごとをして傲慢に振舞っているという報告を受けたぞ」

 一回りも年下の幼い献帝ににらまれた劉璋は恐れおののいた。

「な、なんですと……。父がそのような大それた振る舞いをするとは……」

「そちは、子としてどうする気なんだ? 」

「はぁ……。臣、父に直接会って、諫めてまいります」

「皇帝は、朕だ。そちの父ではない。よく言い聞かせよ」

「ははあ! 」

 劉璋は献帝の命を受けると直ちに、長安から南下し、蜀に入り、綿竹にいた父と再会する。

 天子が乗るような車に乗って外出している様を目にし、果たして噂通りだと確認した劉璋は、直ちに、父の袖を引っ張った。

「父上、なんという大それたことをなさっているのです。そのような車は皇帝陛下だけがお乗りになるものです。早くお降りください」

「おう。誰かと思えば、璋ではないか。久しぶりじゃのう。お前も隣に乗れ」

「何をおっしゃいます。早くお降りください」

「わしは、いずれ、新しい王朝の太祖となるのじゃぞ。この車に乗る資格はある」

「父上。一体どうなさったのです。ボケたのですか」

「ボケてるのはお前の方じゃ! お前は都におったのに、今の時世が読めぬのか! いいか。今は、乱世じゃ。力を貯えて、天下を統一した者が、次の天子になるのじゃ。わしは、蜀で力を貯え、いずれ、兵を率いて、長安を攻め落とすのじゃ! 」

「父上。天子様なら、ちゃんと都に御座しますぞ」

「お前では話にならん。下がれ」

 劉焉は側近の者に命じて、劉璋を捕らえさせると、そのまま、城の一室に軟禁して、長安に戻ることを許さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る