第6話 劉焉死して劉璋立つ

 「長安を攻め落とす」ということを劉焉は既に計画していた。

 長安には、劉範、劉誕の二人の子が、董卓に信任されて、高官の職にある。この二人とひそかに連絡を取っていたのである。 さらに、涼州軍閥の馬騰や韓遂ともつなぎをつけている。

 そのころ、長安では、董卓が王允、呂布らのクーデターによって殺害された。さらに、王允も李傕、郭汜らにより殺害されてしまい、飛将呂布は関東へと逃げた。

 李傕、郭汜は、どさくさに紛れて、長安を抑えたばかりで、まだ権力基盤が整っていない。

「今こそ、好機! 」

 そう見た劉焉は、馬騰や韓遂の軍と連合して、長安に軍勢を送り込み、劉範、劉誕にも呼応を求めた。

 劉範、劉誕は、直ちに内応しようとした。

 しかし、李傕らが、その謀反を事前に察したために、鎮圧されてしまう。劉範は直ちに殺害され、劉誕も囚われて処刑されてしまう。

 しかも、李傕らが率いる軍勢は、意外にも強く、劉焉と馬騰、韓遂の連合軍は撃退されてしまう。


 劉焉が劉範、劉誕の死を知ったのは、龐羲という人物からの知らせによってである。

 龐羲は、朝廷で議郎を務めており、劉焉とは先祖以来の交際があった。

 劉範、劉誕が殺された時、龐羲は、彼らの家族を保護して、長安を脱出し、蜀に入国している。

「なんと……。範と誕が死んでしもうたか……」

 劉焉が子の死を嘆き悲しんでいる時、追い打ちをかけるように、綿竹に天災が起きる。

 落雷によって、城郭が焼失し、民家にも被害が及んだのである。

 おまけに、劉焉の自慢の天子の車も炎に包まれて灰と化した。

「ああ……。天は我を見捨てたもうたか……」

 劉焉は奈落の底に突き落とされた。

 役所は、綿竹から成都へ移ることになったが、興平元年(一九四年)、劉焉は背中に悪性腫瘍を患い、間もなく死去した。


 劉焉の死後、蜀で権力を握ったのは、劉焉軍の中核部隊である東州兵を指揮していた趙韙である。

 この時、劉焉の子としては、劉瑁、劉璋の二人が生き残っていた。

 劉瑁が兄で、劉璋は弟である。順序から言えば、劉瑁が跡を継ぐべきであろうが、正史三国志には、劉瑁に関する記述は乏しい。

 呉懿という人物がいた。

 呉懿は、正史三国志では、呉壱と記されているが、これは、司馬懿の諱を避けての記述とされている。

 呉懿は、陳留出身で幼くして孤児となったが、父が劉焉と旧知の間柄であったことから、一家そろって劉焉につき従い、蜀にも同行していた。

 呉懿には妹がいたが、人相を見る人が彼女を見て、

「この娘は、大層、高貴な身分になる」

 と太鼓判を押した。

 そのことを聞いた劉焉は、呉懿の妹を劉瑁の嫁に迎え入れている。

 当時、野心に燃えていた劉焉の意図は、劉瑁を自分の跡継ぎに。つまりは、自分が太祖となる王朝の初代皇帝にしよう。そして、呉懿の妹はその皇后になる。というものであったのだろうか。

 しかし、劉瑁には、有力な後ろ盾はいなかった。

 義兄の呉懿は、劉焉に仕える一武将でまだ若く地位も低かったであろう。将軍として有能であるが争い事を好まない博愛の人物であった。

 というわけで、劉瑁を後継者に推す勢力はないも同然である。

 一方の劉璋もまた、蜀に来たばかりで、おまけに、父に軟禁されていたわけであるから、後ろ盾がいるどころではない。

 ただ、劉璋は、献帝の命により、父劉焉を諫めるために朝廷から送り込まれたということになっている。

 劉璋を後継者として立てれば、蜀は、もはや朝廷に逆らわない。という意思表示にもなろう。おまけに、劉璋は温厚な性格なので、御しやすい。と趙韙は考えたのであろう。

 趙韙は朝廷に対して、劉璋を益州刺史に任命するように上書した。

 当時の朝廷は、李傕、郭汜らが盗賊のように牛耳っている。

「劉璋が後継者になるだと? ああ、献帝に劉焉を諫めろと言われたガキのことか。あいつが後継者なら、蜀の軍勢が長安に攻め込んでくることはあるまい。都合がよいわい」

 そう考えた李傕、郭汜らの朝廷は、献帝に詔勅を書かせて、劉璋を監軍使者、益州の牧に任命した。

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