第7話 劉璋、張魯と仇敵となる

 劉璋は字を季玉という。

 父の劉焉が朝廷の高官だったことから、ほとんど苦労せずして、朝廷に出仕できる身になり、奉車都尉として献帝の近侍となっていた。

 そして、父亡き後は、朝廷から任命されて、益州の牧となった。

 こういう経歴であるから、劉璋は、あくまでも自分は朝廷から任命されて、蜀の支配を任されているという認識だった。

 父劉焉のように、蜀において独立するなどという野望はそもそも持っていなかった。

 中原ではその後、曹操が袁紹などの群雄を攻め滅ぼして武力でのし上がる、いわば、群雄割拠の時代となるわけであるが、比較的安定した蜀を治める劉璋は、そのような情勢には疎く、あくまでも漢王朝の官僚として、蜀を統治しようとしたのである。

 劉璋は、そういう認識でも、その部下たちは、のほほんとしてはいなかった。


 まず、劉焉と志を同じくしていた趙韙は、外征を主張する。

 もちろん、長安へは、劉璋を後継者に建てた建前上、軍勢を出せないので、代わりに目をつけたのが、劉表が州牧となっていた荊州である。

 ちょうどその時、趙韙は、朝廷から征東中郎将に任じられている。文字通り、蜀の東の賊を討てという命令を朝廷から承ったという大義名分を得たわけである。

 劉璋としては、なんで、同族の劉表殿が善政を行っているであろう荊州に兵を出さなければならないのか、理解不能だっただろうが、とりあえず、趙韙に、

「そのようにしてください」

 というしかなかった。

 何しろ、劉璋は、州牧に任命されたばかりで、父からの引継ぎもろくに受けていない状態だったので、部下たちの進言をそのまま鵜呑みにするしかなかったのである。それがために、争乱を引き起こすこともあった。

 その際たる事例が、漢中を押さえている張魯との密約である。

 先に述べた通り、張魯は、劉焉の援護の下で、漢中を支配し、長安と蜀の通路を遮断する役割を担っていた。

 ところが、劉璋は、その密約を知らない。

「漢中は、朝廷に任命されたわけではない賊が支配しているそうですね? 」

 劉璋は、部下の文官にそう訊ねる。

「はい。五斗米道の教主を称する張魯という者が支配しております」

 と部下の文官は答える。

「五斗米道とは何ですか? 張魯とは、どういう者ですか? 」

 文官は、手元にある文献を頼りに、五斗米道と張魯は、黄巾の乱を起こした太平道とその教主の張角と似たような集団であると説明した。

「なんと! 黄巾の乱の首謀者の張角と似たような賊なのですか? 」

「我々が知る限り、そのような集団のようです」

「それならば、朝廷のために、直ちに鎮圧しなければなりません。信頼できる将軍を送って、鎮圧させましょう。誰がいいか……」

 もちろん、劉璋は、誰が有能な将軍なのか知らない上に、劉璋から新たな命令を受けられるほど暇な者などいない。

 手が空いているのは、蜀に来たばかりの龐羲だった。おまけに、龐羲は昔からの知り合いで信用できる。

「龐羲殿。兵を率いて、漢中の張魯を制圧してください」

 龐羲ももちろん、張魯と劉焉の密約など知らぬ。黄巾の賊と似たような集団ならば、討伐するだけだ。と考える。

「かしこまりました」

 龐羲は、早速、軍勢を率いて、巴西方面へと進軍し、張魯と兵を交える。

 これを知って驚いたのは、劉焉の庇護を受けて蜀にとどまっていた張魯の母やその家族である。

「お父上は、私たちによくしてくださったのに、今の州牧様は一体何を考えておられるのです! 」

 張魯の母たちが抗議していると聞いた劉璋は、

「なんと! 賊の家族が蜀にいるのですか! すぐに捕まえて処刑してください! 」

「ははっ! 」

 命令を受けた兵士たちは早速、張魯の母やその家族を捕らえて処刑してしまう。

 兵を差し向けられた上に、母や家族を惨殺された張魯は、もちろん、黙っていない。

「劉璋とは絶交する! 」

 張魯の集団は、豊かな漢中を背景に当時、かなりの勢力に膨れ上がっている。

 龐羲の軍勢を退けて、逆に、蜀に攻め込むほどの勢いを見せる。

 龐羲は巴西にとどまって、兵力を養い、漢中からの攻撃をしのぐしかなかった。

 こうした経緯により、その後、劉備が入蜀するまで、蜀と漢中は、一進一退の攻防を断続的に続けていくことになる。

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