第8話 趙韙と東州兵
ある時、劉璋の下に訴えが寄せられた。
「東州兵が地元益州の住民を侵害しています。どうか、取り締まってください」
劉璋は、今が乱世という世情には疎いものの、朝廷から任命された州牧として、担当する蜀の民衆の生活を豊かにしようという目標は持っていた。そうであるから、民衆が苦しんでいるという訴えには即座に動いた。
「なんと。東州兵が悪さをしているのですか。それはいけません。東州兵を率いているのは、趙韙殿でしたね。趙韙殿にしっかり取り締まるように命じてください。空いている土地を与えて、帰農させるように」
「ははっ! 」
文官が劉璋の命令書をもって、趙韙の下に訪れる。
そのころ、趙韙は、劉璋に不満を抱くようになっていた。
劉璋は、蜀を真面目に統治するだけで、乱世に乗じて外に打って出ようという気概がない。趙韙が、
「荊州に兵を進めて、領地を広げるべきです。そのための兵糧と武器を用意し、徴兵を行うべきです」
と進言しても、劉璋は、
「私たちは、朝廷から任命されて蜀を任されているのです。領地を広げるとはどういうことですか。荊州も漢王朝の領地ではありませんか」
などと、寝言のように言うだけで、取り合おうとしない。
「親父殿とはまるで違う。これでは、いずれ、蜀は他の勢力に飲み込まれてしまう。困ったものだ」
と趙韙は溜息をつくばかりである。
一方で、劉璋も、趙韙のように外征を主張する派閥を疎ましく思っており、両者の間には次第に溝が広がっていた。
そんな折に、劉璋の命令書が届いたのである。
「何が、東州兵を取り締まれだ! 帰農させるだと! とんでもない! 東州兵は外征のための中核部隊だ! 何を考えているんだあの暗愚なバカ息子は! 」
趙韙の怒りの声は、東州兵たちにも伝わった。
その声に東州兵たちはこう考えた。
「もともと、俺たちは、中原の乱を避けて、蜀に逃げてきたんだ。蜀に腰を落ち着けたいんだ。それなのに趙韙は、俺たちを兵士として外に送り出そうとしている」
「劉璋様は、暗愚だというが、俺たちに帰農させようとしている。俺たちにとってはありがたい領主様じゃないか」
「そのとおり。それに比べて、趙韙は、俺たちを厳しく訓練するだけで、ちっとも、俺たちの希望を聞いてくれやしない。刑罰だって厳しすぎる」
「いっその事、劉璋様の下に逃げてしまおうか」
「そうしよう。そうしよう」
東州兵の代表者たちは、早速、劉璋に訴え出た。
「俺たちは、安住の地がほしいんです。土地さえ頂ければ、自分たちで田畑を耕し、元からいた蜀の人たちに迷惑をかけません」
劉璋はその真摯な訴えにうなずく。
「それならば、あなたたちが住む土地を手配しましょう。二度と蜀の人たちに悪さをしないように」
「ありがたや。ありがたや」
東州兵たちは続々と、趙韙の下から逃げて、劉璋につき従うようになった。趙韙の手持ちの東州兵は、こうして、あっという間にいなくなってしまう。
さすがに趙韙も焦った。
このままでは、蜀における自分の地位まで危うくなる。
趙韙は、荊州とは和睦する一方で、州内の豪族たちと連絡を取り合って、新たに軍勢をかき集めた。
その際、趙韙は、
「劉璋は暗愚で蜀を統治することができない。東州兵が民衆に悪さをしているのがいい例だ。このままでは、蜀は混乱状態に陥るぞ。劉璋を除くしかない! 」
「劉璋は暗愚だ! 除くべし! 」
このように喧伝して回ったのである。
その声は、蜀の民の間よりも、むしろ、隣の荊州に誇張されて伝わった。
蜀の民は、劉璋は暗愚だ。といっても、
「どうしてなかなか、領民思いの領主様じゃないか」
と考える人も多くいたが、荊州の人たちは、その支配下にないだけに、
「劉璋は暗愚だ」
という噂だけが一人歩きしたのである。
後に、諸葛亮孔明が蜀を奪うべしと考えたのも、そういう噂を耳にしたためであることは言うまでもない。
趙韙の諜報作戦は功を奏して、趙韙のもとには、数万人の軍勢が集まった。
この軍勢を率いて趙韙は一気に成都に押し寄せた。
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