第23話 正史的には、桃園の誓いはこのようなものだった。
「ああ。こちらは、関羽。字は雲長という。俺の弟分だ。関弟よ。こいつは、張飛。字は益徳といい、幼いころから私が目にかけている若者だ」
「張益徳殿」
関羽が拱手すると、しぶしぶ、張飛も拱手を返す。
「どうした? 張弟。何か不満そうだな? 」
と劉備が首をかしげる。
「劉兄は、俺を護衛官にしてくれるんじゃなかったのか。それなのに、この男は、劉兄の護衛官みたいじゃないか! 」
「さよう。それがしは、劉兄の護衛官を務めている」
「まあまあ、張弟。護衛官は一人とは限らない」
劉備がなだめるが、張飛は、関羽に食らいつく。
「俺の方が先に、劉兄と会っているんだ。だから、俺が一番の護衛官だ! 」
「正式に仕えたのは、それがしが先だ」
「武芸の腕はどうだ! 武芸の腕が上の方が、一番の護衛官だ! 」
「それならば、試してみるか? 」
「望むところだ! 」
張飛は、自宅に引き返すと、すぐに、自前の矛をもって、駆けつけた。
勝負の場所は、劉備の家の例の桑の木の下である。
「張益徳殿。いざ! 勝負! 」
「いくぜ! うおりゃぁぁ! 」
張飛が、矛を力任せに振るって関羽に襲い掛かる。
関羽は、自らの矛で、張飛の矛を受け止め、やり過ごす。
張飛の全力で矛を繰り出しても、関羽は、すべての攻撃を軽くいなした。
「うむ……。動きは悪くない……。基礎体力もある……」
関羽がニヤリとすると、張飛は罵声をあげる。
「おらおら! 本気でかかってこないとケガするぞ! 」
「では、少し、本気を出させてもらおう」
関羽は、張飛の矛をはじくと共に、柄の部分で、張飛の足を軽く突く。
途端に、張飛が派手な音を立ててひっくり返った。すかさず、関羽が矛先を張飛の鼻先に突き付ける。
「卑怯者め! 」
張飛が呻く。
「戦いに卑怯も何もない」
「もう一度勝負だ」
「何度でも、受けて立つぞ」
張飛は、七度、関羽に挑戦したが、七度とも軽くあしらわれて、敗北してしまった。
「まだやるか? 」
関羽が地面に転がる張飛を見下ろす。
張飛は、身を起こすと、関羽の足元に平伏した。
「参りました! あんたみたいな強い奴とは会ったことがねえ! ぜひ、弟子にして、武芸を教えてください! 」
「張益徳よ、立て。私は、実戦経験は多いが、とても弟子を取れるような腕前ではない。江湖には、私よりも強い武芸者がごろごろいる」
「ひぇっ! あんたより強い奴がいるんですか! 」
「いるとも。例えば、剣の使い手として知られている徐庶殿など、とても、私の敵う相手ではない。私のような半端な腕前の者が弟子を取ったら、江湖の武芸者からは笑われるだろう」
「江湖の武芸者はそんなに強いんですか……」
「だが、私と一緒に稽古すれば、戦場で戦う武将としては、恥ずかしくない腕前になれるぞ。どうだ。一緒に稽古するか? 」
「ぜひ、そうさせてくだせえ! 」
「それなら、私も、お前のことを張弟と呼ぼう。劉兄の弟分でもあり、私の弟分でもある。どうだ? 」
「関兄! よろしく! 」
三国志演義では、劉備、関羽、張飛の出会いは、これとはまるで違い、桃園の誓いのエピソードに脚色されているが、正史にはそのような場面はない。張飛は桃園を持つような富豪ではないし、劉備、関羽もなおさらである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます