第24話 簡雍は、躺平主義者――寝そべり族――の先駆者であった

 劉備は、家に入ると、母の冉夫人にあいさつした。

「母上、ただいま戻りました」

「備や、帰ってきたかえ。たくましくなったのう」

 母は白髪が増え、足取りも頼りなくなってきている。その様に、劉備は、思わず、涙をこぼしそうになった。

「母上。親孝行もせず、長らく留守にして申し訳ありません」

「私のことは気にせんでよい。お前が世に出ることができれば、私は満足だ。後ろのお方は、一緒に勉強した仲間かえ? 」

 劉備は、後ろに控える関羽を紹介した。

「関雲長殿ですか。見てのとおり、この家は、あばら家ですが、空き部屋はたくさんありますから、好きに使ってください」

「お世話になります」

 これより先、関羽は劉備の家で寝起きした。

 簡雍と張飛は、村の中に自分の実家があったが、実家にいることよりも、劉備の家に入り浸ることが多くなり、劉備の家は、旗揚げのための作戦基地と化した。

 関羽は、山に残してきた山賊仲間との連絡を取るために出かける以外は、張飛とともに武芸の稽古をする日々を過ごした。張飛の腕前は、急速に進歩し、関羽を相手に互角に戦えるほどになった。

 劉備も、徐庶に習った剣術を稽古し、盧植の学舎で書き写した兵書などを読み返すくらいしかやることがなかった。

 武芸をやらない簡雍は、劉備を相手に、寝そべりながら世間話をするだけである。

 正史三国志には、簡雍は、劉備とは、若い頃からの旧知の仲であり、いつも劉備の話し相手になっていたとある。一方、劉備の性格は、口数が少なく、人によくへりくだり、喜怒を顔に出すことがなかった。と記されている。

 劉備は表向きは、人とおしゃべりをすることは少なかったようであるが、簡雍だけは例外で、いろいろなことを話していたようである。

「暇だ――! こう暇だと、人間ダメになるな――」

 後世、中国において流行する躺平主義者――寝そべり族――の先駆者である簡雍が劉備の横で寝そべりながらつぶやく。

 ちなみに、正史三国志には、簡雍の性格描写として、のびのびとした態度で見事な論をなし、傲慢、無頓着で、劉備お出ましの席でも、なお足を投げ出して座り、脇息にもたれてだらしない恰好をして、心のままに振舞っていた。諸葛亮以下に対しても自分だけが長椅子を占領し、首を枕にのせ、横になったまま話をし、彼らのために自分の気持ちを曲げることはしなかったとある。こうした振る舞いが、今日における中国の寝そべり族の若者の心を捉えているのであろうか。

 ともあれ、姿勢を正して兵書を読む劉備は、イラっと応じる。

「暇なら、外に出て何か役立つ情報を集めてきてくれないか? 」

「情報? あるよ。今、世の中は、乱れつつあ――る。朝廷では、霊帝と言う皇帝がロクな政治をしていないからな。まあ、その取り巻きの宦官だの外戚だのが権力闘争しているのがそもそもの原因だけどな」

「それだけか? 」

「それから、民間では、変わった宗教が流行ってるらしいぞ。太平道とか言うそうだな。その教主の張角が曲者でね」

「何だ? 」

「朝廷に対して謀反を企てているそうだ。信者たちを組織して、反朝廷勢力を築いているそうだ」

「物騒な話だな。その太平道とか言う宗教はどれくらいの規模なんだ? 」

「それがすごいんだ。数十万もの規模と噂されているぞ」

「数十万だと! とんでもない規模だな。この辺りにもいるのか? 」

「いるよ――。めちゃめちゃいるよ――。寝そべってる俺が噂を聞くくらいだからな――」

「それに対して、朝廷は何をしているんだ? 」

「何もしてないさ。今のところはね。皇帝のところまで情報が上がってないのだろう。宦官とかが情報をもみつぶしているのさ」

「その太平道とか言う宗教が蜂起したら、朝廷の軍勢は立ち向かえるのだろうか? 」

「無理だろうな――。ろくな将軍がいないし――、兵士の訓練もしてないし――」

「うむ……」

「小劉、俺たちは何をすべきか分かったかい? 」

「いずれ義勇軍が必要になるだろうな。その時こそ、我らが立ち上がる時」

「そうそう」

「そのためには、今から、兵士を集めて特訓しておかないとな。付け焼刃の軍隊など役に立たないから」

「そうそう」

「はあ……。兵士を養うには、やはり、銭だ……」

「銭ね――。それから、食い物だな。腹減ったし、飯にするか――」

「小簡。お前はのんきだな。銭が必要と分かったら、銭を集めるためにどうすべきか考えろ」

「まあまあ、こういうじゃないか。果報は寝て待て――と」

「何だそれは、そんな言葉知らんぞ」

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