第39話 劉備、曹操と戦わずして逃げる

 関羽と夏侯惇は、それぞれ、矛を振りかざして対峙した。

「それがしの名は、関羽。字は雲長という」

「それがしの名は、夏侯惇。字は元譲。いざ参る」

 乗馬が駆け、砂埃が舞い上がる。砂塵の中、金属がぶつかり合う鋭い音が響く。

 関羽と夏侯惇はそれぞれ、矛を突き出し、振りかぶり、相手の攻撃を払いのけ……と、たちまち、十合以上渡り合う。お互いに隙を見せず、攻撃も鋭い。

 劉備が感心して、趙雲を見やった。

「趙雲。二人の戦いをどう見る」

「互角。やや、関雲長殿が優勢でしょうか」

 劉備は満足そうにうなずいた。

 張飛も乗馬に鞭を入れ、夏侯淵に突きかかる。

「あの世で貴様が閻魔様に誰に殺されたのか聞かれたときのために教えてやる! 俺の名は、張飛! 字は翼徳だ! 」

「ごろつきめ! その台詞はこっちのものだ! 俺の名は、夏侯淵! 字は妙才だ! 」

 張飛と夏侯淵がぶつかり合うと砂塵が巻き上がり、矛と矛がぶつかり合い、鋭い金属音が響き渡る。

「オラオラオラァ! 」

 張飛の咆哮は、その音をかき消すほどである。

 劉備は、その咆哮を聞き、苦笑しながら、趙雲を見やる。

「趙雲。張弟の方はどうだろう? 」

「張翼徳殿が押しているようです。しかし、夏侯淵も張翼徳殿に劣らぬ、豪気な武将のようです」

 趙雲がそう言った時、

「調子に乗るなぁ! 」

 と夏侯淵が罵声をあげて、矛を張飛の頭上をめがけて一気に振り下ろす。

 張飛もこれをガシッと受け止める。

 同時に、ボキッと嫌な音がして、夏侯淵と張飛の矛の柄が折れていた。

「やりやがったな! それなら、剣で勝負だ! 」

 張飛は、矛を投げ捨てると、直刀を抜く。夏侯淵もこれに応じて直刀を抜く。

 その時、曹操の陣営から、鐘が打ち鳴らされた。退却せよとの合図である。

 夏侯惇と夏侯淵がその合図で退却したため、劉備も鐘を鳴らさせて、関羽と張飛を引き戻した。

「関弟、張弟よ。曹操軍の武将をどう見る? 」

 劉備が早速二人に訊ねると張飛は、

「なかなか骨のある奴だ。久しぶりにいい汗かいたぜ」

 関羽は、

「これまでの袁紹配下の武将とは違いますな。武将だけではなく、兵士の練度も今までの敵とは比較にならないでしょうな」

「籠城して勝てるだろうか? 」

「難しいでしょうな。我が軍は手勢が少なすぎます。ここは引いて、田楷殿の軍勢とまとまり、曹操軍に備えるべきでしょうな」

「うむ。籠城しては、兵はもちろん、民の犠牲も増える。やはり、ここは引くのが最善だろうな」

 劉備はそう決めると、早速、手配を済ませ、夜間に軍勢を率いて、城を抜け出して去った。高唐県を死守することよりも、生き延びることを優先したのである。

 一方、曹操の陣営でも、夜間、奇襲があるやもしれないと考え、厳重に警戒していた。

 城門が開け放たれて、軍勢が出てきたとの報告に、曹操は身構えたが、一向に、襲撃してくる気配はない。

 それどころか、劉備軍が遠くへ逃げ去ったと聞き、曹操は拍子抜けした。

「果たして、劉備と言う男、英雄なのか、それとも、ペテン師なのか……? 」

 この時点で、曹操は、劉備の資質を判断する十分な情報を持ち合わせていなかった。

 ただ、夏侯惇と夏侯淵が戦った、見事な髭のある関羽と、すさまじい咆哮をあげていた張飛という男どもは、

「あれは、本物の猛将だ」

 と感心し、いずれ、配下にしたいものだと考えたのである。

 曹操軍は、その後も公孫瓚方の勢力をつぶしていった。平原の単経、発干の陶謙といった諸将である。

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