第38話 劉備、初めて曹操と対峙する

 兵士の動きが、整然として統制が取れており、ごろつき上がりのような粗がない。訓練を重ね、実戦経験が豊富な軍隊であることが分かる。

「劉玄徳様。今度の敵は手ごわそうですよ。一体何者が率いているのでしょう? 」

 田豫の言葉に劉備もうなずく。

「うむ……? どこの誰であろうな? 」

「旗に曹の文字が記されています」

 趙雲が遠くにたなびく旗を見て言うと、田豫がなるほどとうなずく。

「曹と言えば、おそらく、曹操ではないでしょうか。近頃、精強な軍勢を擁して、頭角を現している群雄です。曹操、字は孟徳と言います」

「うむ? 曹操? 曹孟徳? 」

 劉備が、曹操と言う人物を認識したのは、この時が初めてであった。


 劉備は、関羽と張飛の部隊に、敵は手ごわい。油断するな。と伝令を送る一方、趙雲と田豫を伴って、前線に出た。

 曹操軍からも、護衛の武将を伴った男が出てきた。

 一瞬、劉備は

「この男は、本物の曹操なのだろうか? 」

 と首を傾げた。

 男はかなり背が低く、女性あるいは子供のようにも見えたからである。

 しかし、兜を被った顔は、まぎれもなく精悍な男のものである。目が鋭く冷徹な印象を受けた。

「あなたが、高唐県を支配する劉玄徳殿か? 」

 男の声は宦官のように甲高い。

 しかし、髭があるし、宦官ではあるまいと、考え直し、劉備はうなずいた。

「さよう。私が劉備という者だ。あなたは? 」

「私は、曹操という。以後お見知りおきを」

 曹操がそう言って拱手したので、劉備も拱手を返した。

 これが二人の英雄が初めて言葉を交わした瞬間であった。後に、魏と蜀とそれぞれ国を持ち、争うことになるとは、この時は、二人とも、想像もしなかったのである。


 曹操は、早速、要件を告げる。

「劉玄徳殿が、高唐県において、仁政を敷いているという話は聞いている。あなたを高唐県から追い出すことは、民衆のためにもならないだろう。それゆえ、提案する。直ちに、我が軍に降伏せよ。降伏すれば、以後も高唐県を治めることを認めよう」

「曹孟徳殿。降伏せよとはおかしなことをおっしゃる。高唐県は、漢王朝のもの。私は、漢王朝から高唐県を預かるに過ぎない。漢王朝から、明け渡せと命じられたのであれば、素直に従うが、曹孟徳殿は、皇帝陛下より勅命でも賜ってこられたのか? 」

「劉玄徳殿は、漢王朝から高唐県を預かっているとおっしゃるが、それこそ、疑わしい。一体どこの誰が、劉玄徳殿を高唐県の長官に任命したというのだ。勝手に、高唐県の長官を名乗るのは、賊軍と同じであろう」

「私を立ち退かせたいのであれば、皇帝陛下より勅命を賜ってくだされ。これ以上話しても無駄ですぞ」

「そうのようだな。では、力づくで、明渡しを求めるしかあるまい」

 曹操の言葉に、精悍な武将が二人進み出てきた。曹操は、二人の武将を指さして言う。

「我が軍が誇る夏侯惇と夏侯淵の二将である。この二人を打ち破ることができれば、劉玄徳殿の言い分を認めてやろう」

「一騎打ちで勝負するということか」

「さよう」

「ならば、我が軍からも、二人の武将を出そう。関弟、張弟よ。参れ! 」

 劉備の言葉に、それぞれ左軍、右軍を指揮する関羽と張飛が駆け付けた。

「関弟、張弟よ。あの二人の武将は、夏侯惇と夏侯淵と言うそうだ。それぞれ、一騎打ちして、打ち負かすがよい」

「わかりました。では参りましょう」

 関羽は、夏侯惇と称する武将と向き合う。

「俺様に一騎打ちを挑むとは言い度胸しているな。ぶっ殺してやるわ」

 張飛が夏侯淵と向き合った。

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