劉備立つ

第26話 劉備はなぜ、黄巾賊に加わらず、官軍に加わったのか?

 太平道は、冀州鉅鹿郡の張角が創始した道教の宗教集団である。

 自らを大賢良師と称し、病になった者たちに、罪を懺悔させて、符水を飲ませることによって、病気を平癒させるという手法により、信者を集めていた。

 十年余りの布教活動により、信者は八つの州で数十万人にも膨れ上がっていた。

「この世で最も得難いのは人の心だ。私は今やそれを掴んだ」

 張角は、二人の弟である張宝、張梁と共に、野心を露わにする。

 霊帝の末年の一八四年に、

 蒼天已死 黄天當立 歳在甲子 天下大吉

 と言うスローガンを掲げて、信者を率いて蜂起した。

 これは、漢王朝が滅びて、黄天が天下を取るという意味である。

 このスローガンに合わせて、張角は信者の武装集団に黄色い布巾を頭に巻かせて、その目印としたために、黄巾の乱と呼ばれている。

 黄巾の乱を起こした集団は瞬く間に、中原を席巻した。

 黄巾賊により、役所が襲撃され、刺史や太守の地位にある高官までもが、殺害された。漢王朝の地方組織レベルでは、到底、対処できないありさまで、中原は無政府状態に等しくなった。


 そのころ、劉備は、喪に付していた。母の冉夫人が病死したためである。

 たった一人の身内を亡くした劉備の悲しみは深く、食が喉を通らず、みるみるやせ衰えていく様に、簡雍、関羽と張飛は、大変心配した。

 劉備の悲しみが癒え、食も喉を通るようになったところで、簡雍は、黄巾賊の蜂起を告げた。

「役所も襲撃されて、刺史や太守がいない状態になったのか」

 劉備の問いに簡雍がうなずく。

「そうさ。刺史や太守がいなくなったところで俺たちが乗っ取れば、刺史や太守になれるぜ」

「それでは賊と変わりないではないか。力で刺史や太守の地位を奪ったところで、民衆の支持を得ていなければ、賊軍とみなされるだけだ」

「ならばどうする? 」

「官軍に加わり、賊を征討しよう」

「いいのかそれで? 朝廷は黄巾賊と呼んで賊扱いしているが、民衆は漢王朝に対して不満を抱いているんだぞ」

「黄巾賊は、刺史や太守を殺した後で、善政を敷いているのか? 」

「そんな話は聞かないな……。略奪しているだけだ」

「ならば、黄巾賊の支持など一過性のものだ。まもなく、黄巾賊は支持を失って崩壊するだろう」

「すると、結局、官軍の手先になって働くということか。官軍の手先になっても、せいぜい、どっかのつまらない小役人になれるかもしれないだけで、皇帝にはなれないぞ」

「小簡。俺は官軍の手先になるつもりはないし、ましてや、どっかのつまらない小役人になるつもりもない」

「じゃあ、何で官軍に加わるんだ? 」

「今の俺に必要なことは、世間に名を売ると同時に、民衆の支持を得ることだ。今でも俺は、義人などと呼ばれているが、まだまだちっぽけなものよ。もっと、世間に広く名を知られるようにならなければならん。もちろん、悪名が広がっては意味がない。民衆から英雄としてあがめられるようにならなければならない」

「世間に名を売る。民衆の支持を得るか……。皇帝の玉座は、それを極めた先にあるってことだな」

「今、官軍に加わるのはその方便だ」

 劉備には、この時点で、三つの選択肢があった。

 一つ目は、黄巾賊に呼応して、挙兵すること。

 二つ目は、官軍に加わること。

 そして、三つ目は、黄巾族でも官軍でもない第三勢力となること。

 である。

 しかし、三つ目の方法を採るには、この時点での劉備の勢力はあまりに小さすぎる。黄巾賊に呼応することが選択肢から外れると、残りは、官軍に加わるという選択肢のみが残されたのである。

「官軍の一員として戦って、華々しい戦果をあげて名を売ろうということだな」

「そういうことだ」

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