第28話 劉備、せっかく得た官職を投げ捨てる

 簡雍に連れられて、味方の軍勢が待機する場所に戻ると、関羽と張飛も無事な姿を見せた。

「劉兄。混戦でしたな」

「俺は、暴れまくったぜ。賊を何人突き殺したか数え切れん」

 関羽と張飛の矛はいずれも血にまみれている。張飛はケガをしているのかと見間違うほどに返り血を浴びていた。

「関弟。我が軍の損害は? 」

「負傷した者はいますが、全員救出しました。死者はいません」

「それはよかった」

 劉備が安堵の息を漏らすと、簡雍が言う。

「小劉。死者がいなかったということは、我が軍は、勝ったということだな」

「勝ったと言えるかは微妙だ」

「いや。勝ったんだよ。勝ったことにしておけ。そう宣伝しておくよ」

 報道官簡雍がニヤリとした。

 その後も、劉備たちは、鄒靖に従って、賊軍との戦いを繰り返した。

 劉備の指揮は、優れているとは言い難かったものの、戦を重ねるにつれて、様になってきた。

 攻撃を仕掛けるタイミングや撤退のタイミングを計れるようになったし、指揮官として、戦場の状況を見極めることができるようになってきた。

 完全勝利と言える戦いは、少なかったが、とにかく、すべての戦いを劉備たちは生き抜いた。

 簡雍が、劉備、関羽、張飛の三人が大活躍する物語を吹聴して回った甲斐もあり、上官の鄒靖も、

「私の配下として戦った者の中で、劉備の率いる手勢は特に強かった」

 と認識した。

 劉備は、手柄を立てたと評価され、安熹県の尉という職に任命された。今の河北省定州市の南東部に相当する田舎町の警察署長のような役職である。黄巾の乱によって、もともとその職にいた役人が殺されたか、逃亡したかによって、空いていたために、劉備が任命されたということであろう。

 義勇軍として戦ったことの報酬として、銭や米、作物などではなく、役職を与えるだけならば、朝廷としては、懐が痛まない。という寸法でもある。

 程なくして、州郡に詔勅が下って、軍功によって県の高官になった者たちがその職にふさわしいか調べよ。ということになった。これにより、郡の督郵、つまり、監察官が、県の高官がその職にふさわしい人間かどうか調べて回ったのであるが、要するに、その役職にとどまりたければ、賄賂を寄こせということに過ぎない。

 命の危険を冒して戦い、ささやかな役職を得たのに、賄賂を要求されるというのであるから、たまったものではない。

 劉備の下にも、郡の督郵が、調べに来たが、安熹県の尉などという、小役人の職に未練のない劉備はもちろん、賄賂など渡さない。

 免官間違いなしとみた劉備は、督郵の宿舎に押し入ると、督郵を縛り上げて、二百回も杖で打ち据えた。さらに官印の綬をはずして、彼の首に引っ掛けて、馬つなぎの柱に括り付けると、官職を棄て立ち去ったのである。

 簡雍は、その経緯について、

「郡の督郵が賄賂を要求したからだ。清廉潔白な英雄劉備は、賄賂など渡さず、潔く官職を棄てた」

 と、民衆に宣伝して回った。

 その際、劉備自身が督郵を杖で打ち据えたことにするとイメージ戦略上都合が悪いと考えて、三兄弟のうち、乱暴者役となっている張飛がこれをしたと脚色したのだろうか。ご存じのとおり、三国志演義では、打ち据え役は、張飛が担っている。

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