第32話 劉備、三顧の礼によらずして、あの軍師を得る

 その答えは、程なくして、簡雍が見つけてきた。

 簡雍は、例によって、薊の城下町のあちこちで、劉備軍の英雄談を吹聴して回りながら、公孫瓚と華北の情勢に関する情報も抜け目なく聞き入れてきていた。

 劉備の宿舎の政庁で、劉備とお茶をしている時に、簡雍が長椅子に寝そべりながら語ったところによると、

「趙雲の出身地ってどこだか知ってるかい? 」

 簡雍の問いに、劉備は答える。

「確か、冀州常山郡真定県と言っていたな」

「それだよ。冀州と言ったら、今は、袁紹が影響力を持っている地域じゃん」

「うん」

「趙雲は、そこから、義勇兵を率いて、公孫殿の下に駆けつけたんだってさ。そりゃ、何で? ってなるじゃん」

「つまり、袁紹から送り込まれたスパイの可能性があると? 」

「そうそう。だから、公孫殿は、趙雲を自分の手元に置くのは危険だと見たのかもしれないな」

「うーん……。スパイか……。とてもそうは見えないけどな」

「まあ、公孫殿が疑うのも無理ないね。小劉は、彼のことをどうするつもりだい? 」

「もちろん、連れていくさ。公孫兄の好意は無駄にできんし、どうやら、関弟と張弟も趙雲を気に入ったようだし。それにな、小簡――。俺は、人を見る目はあるつもりだよ」

「で、人を見る目がある劉玄徳殿は、趙雲をどう見るんだ? 」

「趙雲は、大忠臣だね。この人を主人と決めたら、絶対に裏切らない人間と見た」

「なるほどな。この先、劉玄徳の英雄談に、劉玄徳殿は人を見る目がある。趙雲は、大忠臣という逸話を盛り込んでおくよ」

「ああ。そうしておいてくれ」

「それと、俺からも話があるんだ」

 簡雍が身を起こして言うので、劉備も首を傾げた。

「何だい? 」

「今日、市場で広報活動をしていたら、賢そうな少年に出会ってね。その子が劉玄徳様に付き従いたいというんだ。親に許可をもらえば駆けつけると言っていたのだが、そろそろ来ると思うんだよな」

「うむ? 賢そうな少年とな」

 すると、門番からの取次があって、一人の少年が簡雍との面会を求めているとのことだった。

 簡雍は、

「おおっ。来たようだ。ここまで連れて来てくれ」

 と使用人にいいやる。自ら迎えに行くことはしない男なのである。

 入ってたのは、まだ十代の前半と思われる少年だった。

「簡憲和さん。母の許可を得ましたよ」

 と少年が簡雍に挨拶する。

「おお。母上もお前が劉玄徳と一緒に行ってよいとおっしゃったのだな? 」

「はい。もしや、こちらのお方が? 」

「そうだ。百戦百勝の英雄、劉玄徳だ」

 自分のことを百戦百勝などと吹聴しているのかと、劉備は思わず苦笑する。

「劉玄徳様、私は、漁陽郡雍奴県の田豫。字は国譲と申します。劉玄徳様の武勇伝はかねがね耳にしており、いずれ、劉玄徳様の下にはせ参じたいと願っていました。今日は、お目にかかることができて光栄です」

「うむ。田豫か。では、田豫よ。聞くが、私の武勇伝のすべてが本当だと思うかね? 」

「いいえ。思いません。半分は作り話でしょう。しかし、戦乱の世を生き延びて、名を知られているということは、全くの嘘ではないはずです」

「うむ。正直でよろしい。では、もう一つ聞くが、この戦乱の世を勝ち抜いて勝利者となるのは誰だと思うかね? 」

「今のところ、誰にでも可能性があると思います。現在、董卓は関西に逃れ、長安において、献帝を擁していますが、これは長続きしないでしょう。一方、関東では、袁紹の勢力が突出しており、袁紹は劉虞を皇帝に擁立しようとしていますが、劉虞はこれを拒否していると言います。それに、袁紹の周りには、公孫瓚をはじめ、敵も多く、覇者となるには実力不足です」

「私は、董卓や袁紹はおろか、公孫殿にも及ばないのだが、何ゆえ、君は、私の下にはせ参じようとしているのかね? 」

「私の予想では、今、名の知られている群雄はいずれも、滅びると思います。なぜなら、彼らが民衆に慕われているという話を聞かないからです。戦乱の世を制するのは、これから出てくると思います。劉玄徳様は、まだ、勢力が小さいですが、武勇伝が、広く知られており、民衆にも慕われており、今後、戦乱の世を制する人物だと思いました」

「そうか。君は若いのに識見が広い。これからも、君の意見を聴かせてもらおう。従軍を認めよう」

「ありがとうございます! 」

 こうして、劉備は、初めて、軍師とも呼べる人材を獲得したのである。

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