第37話 冒険者登録
まだ暗いうちに目が覚めた。
人形に入って初めての寝起き。私自身は、ぐっすり寝て疲れが取れた感覚がある。でも時間はそんなに立っていないらしくて、夜明けまでもう少しありそう。
この身体はやはり人間よりも回復が早い。
服も髪も、寝癖とかついてないのも嬉しい。自分の感情としてはお風呂に入りたいって思うけど、入らなくても平気な気もする。なぜならトイレに行きたいと思わないので。
人間用の大きなベッドの真ん中で、ごろごろ転がってみる。ピョンピョン跳ねてみる。楽しい。
あ。
チョコと目が合った。
『主、その動きは面白い』
「お、おう。おはよう、チョコ」
『おはよう、主』
私を真似て、チョコもゴロゴロと転がり始めた。
うん。とっても柴犬!
ピピピはベッドの端っこの方でシーツを寄せて、その中でまだ寝てる。
巣か。
結局夜明けまでゴロゴロしてチョコと遊んだ。
最初にあった時は怖い魔物だったチョコだけど、その本質はやはり精霊だ。
本に書かれている精霊は楽しいこと、面白いことが好き。珍しいものに興味がある、興味のないことには見向きもしない。チョコもわりとそんな感じで、いろいろ詳しいけど興味ないことはどうでもいいみたい。
私はと言えば、昨日の反省をしようとかこれからのことを考えようとか思っていたけど、結局何も考えてないわ。
でもひとつだけはもう決めてる。
冒険者になるつもり。ドアを開けることすら難しい今の身体だけど、それでも誘ってもらったのが嬉しかった。それが一番の理由だ。
コンコンとドアを叩く音がした。
「リア、起きてるか?そろそろ飯だぞ」
「はーい」
『タベル。ぴぴぴもタベル』
ディーの声でピピピが起きた。
さっきあんなに私が同じベッドの上でゴロゴロしてても起きなかったのに、本当に食い意地が張ってるんだなー。
ドアの鍵を開けるのはちょっと大変だ。チョコの頭の上に立ち上がって背伸びしてどうにか開けられる。
昨日閉めるときも最初は無理かと思った。
小さい身体はやはりちょっと不便。早く大きくなりたいなあ。
そのためにはまず今の状態にもっと慣れないと。ということで、部屋から一階の食堂までは自分の足で歩く。
ちなみに外から鍵を掛けるのは、ディーがやってくれた。
「ところで、昨日副長が言ってた冒険者の話、リアはどうするんだ? 嫌なら断ってもいいんだぞ」
「ううん。私、冒険者になる!」
「危険だぞ。俺が一緒にいようとは思ってるが……」
「ありがとう!遠慮なく頼っちゃう。私一人じゃあいろいろ難しいけど、それでも何か今できることをしたいの」
今日の宿代も朝食代も全部ディーが払ってくれた。困った時にはチョコもいろいろ助けてくれてる。
これからもきっといろんな人にいろいろ頼ってしまうに違いない。
でもいつか、この借りを返せるように頑張ろう。
それが今の私の精一杯だから。
◇◆◇
朝の冒険者ギルドは昨日とは打って変わって大賑わいだった。
「ディーじゃないか」
「ディー、昨日はご活躍だったらしいな」
「犬を拾ったんだって? ああそいつか。なんかモフモフでかわいいな。犬はいいぞ」
「いや、どうせ飼うならリンクスだろ。俺ならリンクスを拾ってくるね」
掲示板を見てる人たちと簡単にあいさつしながらすれ違った。
チョコを見て笑顔になる人も多い。
ちなみにリンクスは大きな猫で、意外と獰猛なので馴らせば狩りに連れていける。
「ムシクイを飼うのは珍しいな。それに犬に
「悪い、いまから昨日の報告書を出しに行くんだ。またな。お前らも依頼受けるんなら気を付けて行けよ」
「おうよ。めんどくさい書類仕事なんざ、せずに済むように上手くやるわ」
今から行くのはギルドの三階だ。三階には会議室や資料室とか、ギルド長や副長の執務室がある。上がるのが禁止されてるわけではないけど、普段現役の冒険者たちはめったに上がらないらしい。
呼ばれたのはギルド長の執務室で、ドアを開けると山積みの書類が乗った机の向こうにギルド長がいた。ドアを開けてくれたのは副長のミランダさんだ。今日は薄い色の入ったサングラスを掛けている。かっこいい。
「ディーデリック、早速だが報告書をもらおう。精霊のお嬢さんもよく来てくれたね」
「はい、あの」
慌ててチョコから飛び降りて姿勢を正す。
昨日はダンジョンの中だったしずっとチョコに乗ったまま話してたけど、やはり挨拶はきちっとしなければ。
「こんにちは。……リアと申します」
何となくだけど、副長さんはビシッと決まった固めの雰囲気を持った人だ。
きちんと名乗らないといけない気持ちになる。そんな場面でリアと名乗るのはまだ慣れないなあ。
「リアさん、丁寧にあいさつをしてくれてありがとう。レディーにお嬢さん呼びは失礼だったね。私はミランダ・ハールマン。副ギルド長だ。向こうにいるのはギルド長のビルベルト。ああ見えて怖くはない」
「ハールマン……伯爵家の……」
「ほほう。よくご存じだ。なるほどその通り。私はハールマン伯爵家の出なのだよ」
「あ」
しまった。
つい、聞いたことのある家名だったので反応してしまった。
ハールマン伯爵家はうちのブラウエル公爵家の派閥ではなかったが、特に敵対しているわけでもなく、だいたいいつも中立を守っている家だった。伯爵は厳格そうなお年寄りだったから、副長がその娘か姪であれば、納得だ。
「といっても家を出てもう長いので純粋に貴族とは言えないが。ギルドと貴族社会との橋渡しの役割もあって、こうして今も家名を名乗らせてもらっているのだ」
「はあ」
あまり詳しく聞きたい話題ではないので、煮え切らない返事をしてしまう。
ははは。
そんな私を気にした様子もなく、話は私の冒険者登録のことになった。
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