第9話 ヒロインの事情
王族の住む宮殿から外に出ると、少し離れたところに、王城内で働く人たちの住む館がある。主に高位貴族の執務室や王城内での居室がある建物で、私の部屋もその中の一室にあった。
何故かドアが開いていたので覗いてみたら……。
部屋の中には王太子の浮気相手、いや新しい婚約者のフローラ様がいた。
まだ婚約者だった頃の私は、花嫁修業の一環として王家の外交の手伝いをしていた。
ローディア王国はこの大陸の東の端にあって、周辺の国々と国交がある。東側にある海の先にはいくつかの島国が点在しているのだが、彼らが使う言語は中央大陸の共通語とはかなり違う。私は子どもの頃から祖父母の家でそのうちの三つくらいの言語を学んでいた。そのため、東の島国との外交の場にいることが多かった。
交易の量はさほど大きくなかったので王や王太子には重要視されてはいなかったが、この国ではとれない珍しいものが多かったはずだ。
「ですからフローラ様もアザリア語の勉強を今以上にしっかりとやってもらいます。王太子妃のお仕事ですので」
フローラ様と向き合っているのは侍女のベアトリクスだ。確か伯爵家の三女で、夫と共に城内に住み込んで働いている。
私の皇太子妃教育も兼ねていた。厳しかったけれど根は悪い人ではないと思う。
「……分かりました。それで、あの……コーネリアさまを塔に幽閉したという話は本当でしょうか……」
「私共はそのように聞いております」
「殿下は、酷いことはなさらないとおっしゃっていたんです。ただ婚約を解消して実家に帰ってもらうだけだと……」
「殿下のなさることには何か理由があるのでしょう。我々に口出しはできません。ですが、しっかりと勉強して役に立つことを見せなければ、フローラ様もまた同じように排斥されるかもしれません。今はもういないコーネリアさまの事よりも、ご自身の心配をなさいませ。我々侍女一同、できる限りのお手伝いは致します」
「あ、ありがとうございます。がんばり……ます」
「それでは、今日からこの部屋の主はフローラ様です。ごゆっくりお休みください。明日からは家庭教師が参ります」
「……はい」
「お返事は、相手の目を見て、自信をもってハッキリとされたほうがよろしいでしょう」
「はいっ」
「では失礼いたします」
お、おう。
ベアトリクスはフローラ様に対しても、変わらず厳しいな。相手によって態度を変えないのは好印象。
しかしまあ、私の部屋は早々に王太子の新しい婚約者の部屋になったみたいだけど、この子もなんだか大変そうだ。
私は元々王太子のことが好きではなかったし、婚約破棄されて逆に嬉しかったくらい。だから、浮気相手のフローラ様のことを、そんなに強く憎んでるわけではない。
もちろん最初はなんとなく嫌な気がしたけどさ。
けど、ベアトリクスが出ていった後、フローラ様は悲痛な顔で、手を胸の前に組んで祈り始めた。
「どうかコーネリアさまが早く解放されますように。ごめんなさい、ごめんなさい」
フローラ様は、悪い子じゃないんだよな……。
彼女にもいろいろ、家の事情があるみたいな話は聞いた。
元々は庶民街の生まれで、可愛らしい容姿をたまたま見かけた男爵がかなり強引に養子にしたらしい。そのうえスキルが分かって聖女候補になってしまった。そんな彼女を見て、男爵も欲が出たんだろう。
「何か大変そうだけど、頑張ってね。私に言われたって嬉しくないだろうけど、どうせ聞こえないからいいよね」
こっそりとそう呟いて、部屋を出た。
なんか辛気臭くなっちゃったな。
ヤダヤダ。
やはりこんな城はさっさと出て、外の世界を見に行こう!
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