第10話 竜車
城の敷地を出ると、その外の地区には貴族たちの屋敷がある。
通っていた学園もそこにあって、王族も庶民街までは何か特別なことがなければ出ないが、貴族街までは出歩くことも多かった。いろんな貴族の屋敷でパーティーもあるしね。
私がこれまでに訪れた場所もだいたい貴族街までだ。
もちろん貴族街の中には私の実家もある
さすが公爵家と言うべきか、王城の門を出てすぐの大通りに面した場所に。
一瞬様子を見に寄ってみようかと考えたけど……。
「ま、不愉快になるだけよね」
つぶやいても誰に聞こえるわけでもない。
けど、声を出すとちょっとだけスッキリするというか、なんだか元気が出るような気がした。
「よし。じゃあこのまま一気に、庶民街までまいりますか~」
そう声に出して宣言して、城門からまっすぐに伸びる大通りを、庶民街のほうに向けて勢いよく歩き始めた。
◇◆◇
この国の王都には、貴族街と王城をぐるりと取り囲むように、壁がある。城壁と呼ばれるその壁を超えるには、四方にある門のどれかを通らなければならなかった。
道自体は分かりやすくて、このまま真っすぐに進むと正門に着くんだけど、城から城壁まではそこそこ遠い。そしてもう夜になってるから、街灯があるとはいえ道はほとんど真っ暗だった。
「夜道を一人で歩くのは何とも心細いなあ」
幸い、体が軽くて地面の上を歩いてるのかフワフワ浮いているのかわからないレベルだから、歩きすぎて疲れるということはなさそう。
それにいつの間にか体の中に魔力がどんどん回復しているらしく、ここ最近感じたことがないほど元気いっぱいだ。
魔力封じの腕輪は体についたままなので、身体本体の魔力は回復せずに、今はこの透明な霊体?に直接魔力が回復してるってことかな。
これなら、スキルも使えるかもしれない。
体力的にも魔力的にも元気いっぱいで問題はない。
ただ一人で歩く夜道がちょっと怖いのは仕方ないと思う。
「一人でお出かけするのだって初めてなんだし」
誰に聞かれるわけでもないので気兼ねなく独り言をつぶやきながら、歩いていった。
そうやって十分ほど歩いた頃だろうか、後ろからガラガラと音がした。
「竜車だ!」
「きゅきゅっ」
「きゅきゅきゅ?」
思わず叫ぶと、なぜか返事をするように地竜たちがきゅうきゅう鳴き始めた。
竜車はその名の通り、地竜に引かせた車。前世でいうところの馬車のようなものだ。この世界にも馬がいて、馬車はある。そのほかに、牛や鹿、地竜とかいろいろな獣に引かせる車があって、それらを合わせて車と呼ぶこともある。
車を引く生き物にも性質の違いがあって、王都内では気性の穏やかな牛や、小回りの利く地竜が好まれる。
牛は見た目は前世の水牛に似た感じで、力が強いが穏やかで賢く、御者の言う事をよく聞く。
地竜と呼ばれているのはダチョウと恐竜を足して二で割ったような見た目の、体高2mほどの生き物だ。牛よりは小柄で餌代も安く上がり、力はそこそこ強くて足も速い。こちらは庶民によく使われている。
ちなみに鹿は巨大なヘラジカに似た生き物で、むちゃくちゃ速くて荒っぽい性格なので、王都内で使うのは原則禁止されているらしい。その代わり、王都外へ出る隊商などには重宝される
後ろから走ってきたのは、二頭の地竜に引かせた竜車だった。竜車ということは、庶民街へ戻るんだろう。
なんだかとても急いでいるようだけど、地竜が私の方を見て歩を緩めた。
「もしかして、あなたたちには私が見えるの?」
「きゅ?」
「どうしたんだ、お前たち。急に止まったりなんかして」
「きゅ」
「きゅきゅ」
御者が不思議そうに地竜に話しかける
少しの間こっちを見て首をかしげていた地竜たちだが、御者に促されて、またゆっくりと歩き始めた。
「じゃあねー」
「きゅ」
人からは全く見られないのに、地竜には私が見えるなんて、ちょっと面白い。
それと同時に、今まであまり気にしてなかったけど、誰からも見られないという孤独感を少しだけ自覚してしまった。
地竜に手を振ってそのまま見送ろうとしたけど、ふと引いている竜車の御者の隣に、もう一人くらい座れそうな場所があるのに気付いた。
「乗って行っちゃおっかな?」
「きゅ」
「今日はお前たち、なんだかよく鳴くなあ。精霊様でもいるのか?」
「きゅー」
「人にはやっぱり私が見えないのね」
ゆっくりと通り過ぎる竜車にふわりと飛び乗る。
突き抜けて落ちないかと少し身構えたけど、無事荷台に乗れた。
壁を通り抜けたように、荷台の底板もしようと思えば突き抜けられそう。だから今はふんわり浮かんでるって感じ。羽根が水の上に浮くようにって例えればわかりやすいかも。
ガタゴトと竜車に揺られながら、夜道を通り抜けた。
「やっぱり竜車は歩くより速いわね」
時々地竜に向かって話しかけると、きゅーって返事してくる。なんだか私に話しかけてるみたい。何を言っているかはわからなくて残念だなあ。
そして竜車で走ることしばし。
貴族街と庶民街の間にある城壁、その正門へと着いた。
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