第11話 正門の向こうは庶民の町

 庶民の住む町と貴族街を区切る城壁。その四か所には、大きな門がある。

 城を出てまっすぐ南に向かった先にあるのが正門だ。

 門には門番がいて、そこを通る人々や馬車はいったん止まって通行証を見せることになっていた。もっともしっかり確認するのは外から城の方に向かってくる者だけで、中から出ていくのは形だけと聞いたことがある。

 やり取りをする荷馬車の御者と門番の騎士の会話も、気楽そうだった。


「通行証を」

「こちらでございます」

「ああ、大通りに店がある飛燕屋か。遅い時間にご苦労だな」

「ありがとうございます、なんだか城が慌ただしい様子でして」

「さっきも荷車がかなり急いで走っていったが」

「城で至急入用なものがあるんだとか。後程店で荷物を積んでまたここを通ると思いますので、よろしくお願いいたします」

「今日は仮眠もできそうにないな。前に通った竜車に聞いた話だと、なんでも王太子が公爵令嬢との婚約をいきなり破棄したんだとか。そのせいかもな」

「えっ」

「おや、この話はまだ聞いてないのか?」

「はい。私達は色々壊れたものがあるのでその補修のためにと」

「じゃあ違う話か」

「公爵令嬢が婚約破棄されたってのは、あのブラウエル公爵のご息女ですか?」

「王太子の婚約者だからそうだろう」

「ブラウエル公爵のご令嬢は東の小国との交易を一手に担っていた方。まだお若いのにかなりのやり手だったと聞いております。これは大変だ……」

「そうなのか? 聞いた話だと王太子のご学友をいじめたので幽閉されたとか。性悪女だったんじゃないのか?」

「そんなことをするようには思えませんが。ご令嬢は、他国との交渉の席では、王侯貴族のみならず庶民である商人に対しても分け隔てなく公平に接するともっぱらの噂です。どの国もブラウエル公爵令嬢のために、この国との交易を自国に働きかけていたとか。我々商人の間では有名な話なのです」

「ほう。貴族の間で流れてくる噂とはずいぶん違うものだな」

「いえ、もちろん私達庶民には伺い知れない深い事情があるのでしょう」

「上のすることは分からんな。俺達だって騎士とはいえ、……まあ、詮索はやめておくか。さあ、通っていいぞ」

「ありがとうございます」


 どうやら城の騒ぎのせいで忙しいらしい。


「私の噂もあることないこと広がりそうで、嫌だなあ」

「きゅー」


 わたしが何か言うたびに荷車を引いている地竜が返事をしてくれてちょっと嬉しい。

 御者のおじさんは不審そうに首をかしげているけどね。


 ◇◆◇


 荷車は無事に正門をくぐり、私を乗せたまま下町の大通りを走っている

 門の外は庶民の町だから、夜は暗くて静かなのかなって思ってたけど、想像と全然違う光景がそこにあった。


「わあ!」

「きゅきゅ」


 街灯こそたくさんあったけれど塀に囲まれたお屋敷ばかりの寂しい貴族街の大通りに比べて、下町はあちらこちらに光があふれている。

 私が歓声を上げるたびに地竜たちが返事をしてくれるので、御者がたまりかねて声を掛けた。


「何が気になるのか知らんが、ポポもクルックもしっかり走ってくれよ」

「きゅ」

「きゅ」

「あなたたちの名前はポポとクルックなのね。可愛い名前!」

「きゅー」

「きゅきゅ」

「ごめんごめん。お返事しなくていいからね」


 いままで竜車に乗ったことは無いんだけど、地竜ってすごく賢そう。

 話しかけたこともちゃんと分かってるみたいで、噂に聞いていたよりはずっとかわいい生き物だ。

 貴族の間では乗り物は牛車が普通だった。牛のほうが堂々として大きくて、地竜に比べて格段に賢い生き物だと言われている。もちろん牛も可愛いのは知ってる。でもポポとクルックを見ると、地竜だって全然負けてないわね。

 私の隣では御者のおじさんがまだブツブツ独り言を言ってる。


「ブラウエル公爵令嬢が婚約破棄されたなんて、とんでもない話だ。東方の国々からの輸入品の在庫は充分に残っていたかな。話が広がる前にどうにかかき集めておきたいが……あの門番の様子じゃあ、明日には国中に広まってるな。急いで帰って旦那様に報告しないと」

「ひえぇ、私の婚約破棄が明日には国中に……」

「きゅー」


 私がいなくなったからといって、東方の国々と関係が悪くなったりはしないだろう。東方の国の外交官はみんな良い人たちだったし、昨日までの私はまだ未成年で、ただの公爵令嬢にすぎなかった。だから当然一人で外交してたわけじゃないしね。

 私がいなくなったからと言って、この国が困るとは思っていない。

 だけど、私の噂がどんな風に広がるのかと考えるとちょっと憂鬱になっちゃうなあ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る