第12話 夜の街を歩く

 竜車は結構なスピードで庶民街の大通りを駆け抜けた。道は広くて、大きめの竜車や牛車が余裕ですれ違えるほどだ。

 夜なのに人もたくさん歩いてる。街灯とは別にお店の前には灯りが煌々と光って、道行く人々を照らしていた。

 所々でちょっと降りて歩きたいなって思ったけど、竜車が速いので降りるタイミングがなく、そのままお店まで着いてしまった。

 この商人のお店は灯りこそついていたが、店の中にお客さんがいる様子はない。パッと見たところ、並んでいる商品は普段使いの食器や文房具などの日用品だ。ここのお店自体は下町の庶民向けで、貴族向けの商品は直接行商しているんだろう。

 こういう日用品もいろいろ興味深くはあるけれど、せっかくだから今はもう少しお客さんのいる賑やかな店を覗いてみたい。

 私はまだ店先にいたポポとクルックに別れを告げて、大通りの、より明るいほうを目指して歩くことにした。


 ◇◆◇


 人がたくさん集まって賑やかなのは、やはり食堂だったり飲み屋みたいなお店だ。

 前世でも、下町の繁華街ってこんなふうだったなあ。懐かしい遠い記憶が少し蘇ってきた。

 どこに入ろうかと迷っていたら、入り口のドアが大きく開いていてる店があった。出入りは自由。お店の中から、木のコップを持ったまま外に出てくる人もいる。

 あ、その人、立ち止まったぞ。

 なるほど、入ってこようとした人と知り合いだったのか。そのままドアの側に立って、手に持ったコップの中身を飲み始めた。

 みんな自由だな~。

 そんな自由な酔っ払いたちを避けるようにして、中に入ってみる。


「わあ」


 もう、見るものが何もかも珍しかった。

 中には十人くらいの人がいたけれど、全員面白いくらいバラバラな服装だ。

 私の知っている貴族たちの夜会は、華やかだが似たような形の流行りのドレスと装飾過多な礼服ばかり。それも悪くはないんだけど、見慣れているので物珍しさはない。

 でもここに居る人たちの服は千差万別。

 作務衣のような作業着を着たおっさんや、胸の大きく開いたドレスの妖艶なおばさん。成人したばかりみたいな若い半そで半ズボンの男の子、私と同じくらいの年かもしれない。

 革の胴当てと脛当てを付けた冒険者風の男、膝より短いミニスカートを履いたお姉さん。

 前世とかなり違うのは、お客さんの半分くらいが腰に短剣のようなものを差していること。これが噂に聞いてた冒険者なのかも。

 槍とか大剣みたいな巨大な武器を持ってる人はいない。意外といえば意外なんだけど、街中で持ち歩かない決まりなんだろう。たぶん?

 全然庶民の生活のことを知らないから、いろいろ想像ばかりになってしまう。だけれど、想像するのも楽しいね!


 革鎧を付けた冒険者風の男が、びっくりするくらい大きな骨付き肉を店員から受け取ってかぶりついている。

 甘辛い良い匂いが漂ってきた。

 この透明な体になってからは全然お腹は空かないんだけど、こういうの見てると食べたくなってくるなあ。

 試しに近くの皿の上の料理をつまもうとしたけど、ダメだった。

 物をつかんだりするのは全然ダメそう。

 全く手触りがないわけじゃないんだけど、サラサラの水の中に手を突っ込むような感じで、つかみどころがない。

 残念。


 それでも、みんなが歌ったり踊ったり、たまに喧嘩したりしながら楽しく過ごしてるのを眺めるのは面白かった。


 ところで、あまりにも楽しくてみんな夜通し遊んでるのかと思ってたけど、夜も更けてくると一人二人と店を出ていく。

 たしかに、さすがに夜は寝るよね。


「じゃあな。俺は明日から仕事だ。帰ったらまたうまい酒飲ませてくれよ」

「気を付けて行っといで。さいきん南の森は魔物が増えてるらしいから」

「森までは行かねえよ。今度の依頼は畑の害獣退治さ」

「害獣って言ってもデカいんだろう。油断するんじゃないよ」

「へいへい」


 冒険者の仕事って、どこか危険なところに行ってすごく強い魔物を倒すものだと思っていたけど、どうやらそうでもないのかな?

 害獣退治だって。

 実際は、何でも屋とかそんな感じなのかも。


 やがて客が一人もいなくなった。店主は残っててこの店の上の階に住んでるみたいだけど、店の戸を閉めるときに私も外に出ることにした。

 通りに出た時には、店の灯りも数を減らしていた。楽しい夜の時間も終わりのようだ。

 私は今のところ全然眠くないし、寝る必要もなさそうな身体だけど、誰の居ない夜の街をさまよい歩くのもちょっと怖い。

 あたりを見回して、少し離れたところにある『島カラスの寝床』と書かれた看板の建物に入ることにした。


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