第13話 宿屋『島カラスの寝床』★4 清潔ですがトイレが共同
『島カラスの寝床』は思った通り宿屋だった。
入り口のドアは閉まっていたけれど、えいっと勢いよく身体を突っ込めば通り抜けられる。便利な身体だ。
入ってすぐの部屋は食堂のようで、四角いテーブルが数個と椅子が置いてある。どこかで飲んで帰ったらしいオッサンが二人、だらしなく座って二次会をしている。
食堂の奥には受付らしきカウンターがあり、その横を通り抜けると階段がある。きっとその階段を上がった先が寝室だろう。空いた部屋があるといいな。疲れたわけじゃないし、なんなら未だかつてないほど元気いっぱいだけど、ちょっと静かな場所で今日の出来事を振り返ってみたい。
宿は四階建てで、思った通り二階から四階までが個室になっていた。
下の部屋のほうが人気のようだ。
ドアが開けてある部屋がいくつかあって、そこは空室になってる。泊まる人は受付で鍵を借りて、掛けてから寝るしくみっぽい。
二階にあるドアが開いている部屋を覗いてみると、ベッドがひとつとサイドテーブルがある。小さな窓があって、朝には明かりが差し込むだろう。椅子は無いし、テーブルは書き物をするような机には見えないので、ちょっとした物を置くくらいだろう。ベッドに座って何か食べることは出来そうだけど、基本的には寝るためだけのカプセルホテルみたいな部屋だった。
三階は一部屋だけドアが開いていた。二階より広くて、二段ベッドが置かれているので二人部屋らしい。小さなテーブルと椅子が二つ、それにもう一つベッドが置けるくらいのスペースがある。ちょうど前世でいうところのビジネスホテルみたい。ただしお風呂とトイレはついてない。
トイレは各階に共同トイレがあるけれど、お風呂はそもそも見当たらない。
まあ、私は体を洗う必要もトイレに行く必要もないので大丈夫。
二階も三階もカーテンとかおしゃれな装飾はないけれど、床もきれいに掃除されているし、ベッドのシーツもきれいだ。
四階は広い部屋が二部屋だけで、どちらも使われていなかった。
広いけれど、スイートルームというよりも、団体様まとめて雑魚寝部屋って使われ方をするのかな。折り畳みベッドみたいなのが部屋の隅に置いてある。あ、でも下の部屋にはない鏡や大きめのテーブルや洋服掛けるためのハンガーとかあるから、やはりスイートルームなのかも。
どっちの部屋も今は空いているので、今日は人が来ないんだろう。片方の部屋の窓辺に花の咲いた植木鉢が置いてあるので、その部屋にお邪魔することにした。
宿代は払ってないけど、シーツも乱れないので許してほしい。
ベッドの上にふんわりと腰かけて、それからバタンと倒れてみた。
バタンってはならずに、ふんわりと着地した。
「あー。いったいこの身体って何なんだろうね」
独り言はもはや癖のようなものだ。
今は誰に話しかけても答えてくれない。それは少し寂しい。
けれど、貴族としての生活は、私にとってはあまり楽しいものではなかった。
しかも婚約破棄されてからの幽閉生活なんて、トイレも一人でできないんだから。それはまあ考え無しな元婚約者が魔力封じの腕輪なんか付けてくれたからだけども!
で、そんな生活と比べてみるに、自由に動き回れて疲れないこの生活ってすごく良いと思う。
好きなところに行けるし、他の人から見られないからこんなふうにどこにでも入れる。お腹が空かないし、疲れないし、眠くもならない。
トイレもいかなくていいよ!
イマイチなのは、人と喋れないことと、食べたり飲んだり、寝たりできないことかな。
人って、お腹が空くから食べてるってだけじゃないんだなあ。食べるということ自体が楽しかったり嬉しかったりするんだね。
それに寝るのもそう。眠くないからいくらでも起きてられるけど、何かちょっと物足りない。こうして寝転がってぐだぐだと考えこんじゃって、いっそ眠れたらなあって思っちゃう。
そこらへんが少し不満と言えば不満。けどまあ、前よりずいぶんマシと思えば全然平気だ。
目をつぶってみたり、ベッドの上で飛び跳ねたり、ごろごろ転がってみたりする。
前と同じように何でもできるけど、やっぱりベッドは皺ひとつ寄らない。
「何なんだろうなあ、この身体」
目を閉じて千まで数えてもやっぱり眠れない。
だったら、せっかくだから楽しいことを考えよう!
まだ母が生きていた時や祖父母の家にいた頃の楽しかったことを思いだしたり、明日からの計画を立てたり。そうしていると思ったよりもずっと早く時は流れて、気が付くと窓の外は明るくなっていた。
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