第8話 城の様子

 私が幽閉されている塔は、王城の敷地内の片隅にあった。

 王城はかなり広い。その中にはいくつもの建物があって、国王とその家族だけでなく、使用人など様々な人が住んでいる。

 騎士たちが去った後をこっそり追ってみると、王家の人々が暮らす宮殿へ着いた。

 夜も更けてきたし、今日は婚約破棄騒ぎであのあとパーティーも中止になったはずなのに、宮殿の中は今も喧騒に包まれていた。

 一体何があったのか。


「コルネーリアはまだ来ないのか」

「それが……」

「さっさと連れてこい!」


 え、私?

 騎士の話も聞かずに怒鳴っているのは王太子だ。

 今さら私に何の用があるというのか。

 疑問に思っていると、奥の方で物が壊れる大きな音がした。


「ああ、国宝の壺がっ」

「ちっ、また何か壊れたか。コルネーリアは来たか?何をぐずぐずしている」

「それが、先ほど迎えをやったんですが、公爵令嬢は息をされていないという報告が」

「なんだと? そんな馬鹿な。さっき幽閉したばかりだろう」

「先ほど塔のほうに騎士が迎えに上がりましたが、ブラウエル公爵令嬢コルネーリア様が塔の寝室で横たわったまま息を引き取ったとの報告がございます」

「幽閉してまだほんの一時間だ。あいつがそんなにすぐに死ぬようなタマか」


 いやホント失礼だな、王太子め。

 死んでないけど。


「城の宝物がいろいろと壊れてるんだ。すぐにコルネーリアを呼んで直させろ」

「……もう一度別の者を迎えに行かせます」

「急げよ」


 イライラとそばにいる騎士に当たり散らしている王太子を呆れて眺めていると、またどこかで大きな音がした。

 そういえば国宝の壺って、数年前に私のスキルで時間停止した記憶がある。ちょうどその当時の私の身長と同じくらいの大きな壺で、王太子がかくれんぼするとか言ってふざけて広間で暴れている時に割ってしまったやつだ。あの時は、こっそり直しておけと命令されたっけ。


 どうやら私が魔力封じの腕輪をされたせいで、これまで私の魔力と繋がって時間停止をしていた物の時間が動き始めたらしい。

 スキルが効いている間は乱暴に扱っても、壊れかけていたものでも、きちんと形を保つことができていたけれど、それがわずかな衝撃で倒れたり折れたりしているんだね。


 王城に来てからほどなく、私のスキルは接着剤代わりにちょうどいいと言われ始めた。それから数年間かけて、城の中のほぼ全域に私が時間停止したものがある。

 王太子だけじゃなくて、王や王妃もいろんなものを固定しろって言ってきたなあ。

 さっきの壺みたいにバラバラになったものを接着剤で仮止めしてから時間停止したものもあれば、一部分が取れたもの、古い甲冑、ボロボロになり古くなって色あせてきた絵画。割れ欠けている家具。なかにはまだ壊れていないのに、壊れたら困るので補強のためにと言われて時間停止しているものもある。


 あ、そういえば城の地下にある大きな柱もヒビが入っていて、とりあえず応急処置として私が時間停止したのだった。

 柱はすごく大きくて、どこからどこまでが一個か確認するのが大変だった。

 さすがにあの柱は補強していあるかな?

 この城を支えている基礎みたいな柱だったし、あれが折れたら大変だろう。まあ、ヒビが入っていただけだから大丈夫かもしれないけどね。


 ちなみに私が時間停止しているものは薄く魔力の膜に覆われているんだけど、その膜は弾性があって、柱のような固いものも、叩いてもボヨヨンと跳ね返る。地下の柱は「最近慌てて走っていてぶっつかっても痛くない」と、使用人たちに好評だった。

 実際はゴムみたいな素材の性質じゃなくて時間停止の結界に阻まれてるんだけど、触った感じはまあ、ゴムに覆われてる風。

 そのせいで刃物とかの武器に時間停止を掛けるとほぼ攻撃能力が無くなっちゃう。思い起こせば、私が役立たずと言われ始めたのはそれがきっかけだったのかもしれない。

 婚約した当初は、絶対に壊れない武器が作れる便利スキルって言われたことあるから。


 少しの間、慌ただしく走り回っている人たちをしばらく見てたけど、大して面白くもないので外に出た。

 私を塔に幽閉した人たちだ。困ればいいという気持ちがないわけじゃない。

 けど、焦って走り回る人たちを見ていても別に何も面白くはなかった。

 それよりも、せっかくこうして自由に動き回れるのよ。どうせならもっと楽しいことをしたい。


 そうだ!

 庶民街に行ってみるのはどうだろう?

 身体とは距離が離れても、繋がっている感覚がある。そしてそれはかなり遠くに行っても大丈夫そうな気がする。

 自分のスキルに対して感じるのとよく似ている。

 スキルって生まれつき持ってるんだけど、最初は簡単なことしかわからない。いろいろ経験したり学習したりして知識が増えると、どんな使い方をすればいいのかがだんだんわかってくる。

 それと同じように、今も身体から離れているけど、ちゃんと何かが繋がってる。これって、経験して初めて分かることだと思う。

 スキルと同じような能力なら、たぶん王都の庶民街よりもっと外、辺境まででも行けるはず。いっそどこまで行けるか試してみたくなるわね。

 それに、庶民の暮らす町には、ずっと行ってみたいと思っていたから。


 城を出る門に向かって歩き始めて、ふと、自分の部屋がどうなってるのかなって思いついた。幽閉された塔じゃなくて、婚約者として数年住んでいた部屋だ。

 一度覗いてみようかな。

 大切なものが残ってるわけじゃないけど、それでも何年か暮らした場所だから。


 そして覗いてみたら……そこには、思いがけない人がいた。

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