第7話 自由
「……私?」
一体どうしてこんなことになったのか……。
まずは目の前の状況を言語化してみよう。
「私の目の前には、目を閉じて寝ている私がいる」
うん。布団もきれいに整って、穏やかな顔で眠れてるわね。
すごく綺麗に眠れてる!自分で言うのもアレだけど、他に褒める人もいないから自分で褒めるしかないわね。
うんうん、上手くいったわ。
いや違う!
そこじゃない!!。
私はなぜ自分を見下ろしているのか?
「もしかして……死んだ?」
幽霊になったのかもしれない。そう思って自分の手を見つめると、少しだけ透けている。
でも私、まだまだちゃんと生きているような気がするんだよね。これは本当に感覚的なものだから絶対的な自信はないけど。死んでいるというよりか、幽体離脱に近いんじゃないだろうか。
あるいはこれ自体、夢という可能性もある。
自分の時間を止めたのはこれが初めてだから、こんなことになるなんて想像もしていなかったけれど、夢を見ている可能性は確かにあるわね。
幽体離脱か、あるいは夢か。
どっちにしても、身体から離れて自由に動けるのは悪くない。
なお、半透明の私は裸ではなくちゃんとピンクのドレスを着ているけれど、魔封じの腕輪や靴はつけていない状態だ。
これも理由は分からないけど、魔封じの腕輪なんてずっと見ていたいものでもないし、好都合。
靴を履いていないのが気になるけど、足が床を踏んでいる感覚はほとんどない。
といって、フワフワと浮いているわけでもない。
例えば水の上に浮かんで歩くくことができるなら、こんな感じかな?
試しに振り返って入り口のドアに向かって歩くと、ちゃんと普通に歩ける。でも床を踏みしめている感覚はない。
ドアノブに手を掛けたけど、それはすり抜けてしまった。
「手がすり抜けちゃった。物は持てないのかも。あ、だったらもしかして壁抜けもできるかな?」
壁に手を突くと、どうやら通り抜けできそうだ。
全く抵抗なくスルスル通り抜けられる感じではないけど、ちょっと力を入れて壁に突っ込むと、廊下に出ることができた。
壁抜けは可能だけど、たとえ半透明なこの身体でも、普通に何もないところを歩くほうが楽みたい。
試しに床から階下に抜けられるかどうか足に力を入れるイメージでやってみたら、抜けられそうだった。
落ちたら怖いから途中でやめたけど。
もう一度壁をくぐって部屋の中に戻って、自分の体を確かめる。
うん。異常なし。
今度は少し落ち着いて見れたので、自分の体の時間がしっかり止まっているのが分かる。
多分今のこの状態はスキルの仕様なんだろう。
自分で魔法をかけて解除できないと困るから。
さて、これからどうしよう。
せっかく歩き回れるんだから、ちょっと外に行ってみようかな?
もう一度壁を通り抜けて階段を見下ろす。
さっきここを上がった時は絶望してたなあ。今は反対に弾む足取りで下りている。
その時、階下でバタンとドアが開く音がした。
「失礼いたします。ブラウエル公爵令嬢、王太子殿下がお呼びです。公爵令嬢!」
数人の騎士が騒がしく塔の中に入ってきたようだ。こんな半透明の姿で出会ったらなんと言われるか。
私は慌てて、今降りた階段を駆け上がった。
「一階にはいません」
「二階の確認をします」
「バスルームは一応気を付けて開けろよ。落ちぶれたとはいえ公爵令嬢だ」
バタバタとあちらこちらの扉を開け閉めする音が聞こえてくる。
三階の寝室に戻って隠れる場所を探そうとしたが、隠れる前に寝室のドアが開けられた。
「きゃあ」
思わず悲鳴が出てしまったけど、入ってきた騎士たちは部屋の壁際にいる私のことなどまるで見えないように無視だ。
見えないのかな?横たわる身体の周りに二人の騎士が近寄った。
「公爵令嬢がいたぞ。眠られている」
「起こせ。王太子殿下が許可している」
「ちょっと!布団を剥がさないでよ」
無駄そうだけど一応声をかけてみた。
無駄だった
布団は無理やり剥がされたが、ドレスはきれいに形を保っているので一安心ね。
「わっ。どうしたんだこれは。息をしていないぞ」
「そんな馬鹿な」
「触らないでってば!」
「全く動きがないし身体が固くなってしまっている」
「そんなはずは……令嬢がここに連れてこられたのは、まだほんの一時間前だぞ」
騎士のは私のことが完全に見えていない。声も聞こえていない。
そして時間停止状態で動かない私を見て、死んだと思っている。
来た時と同じように慌ててバタバタと階段を下りていった。
最後に一人の騎士が、乱れた布団を直してくれた。
私をここに連れてきた彼だ。
痛ましそうな目で一瞥して、部屋を出ていった。
いや、死んでないですけどね。
でもいいわ。自分のせいで私が死んだと思って少しは反省するがいい。
さて、嵐のようにやってきて去っていった騎士たちだったが、いったい何をしに来たのか。ちょっと城のほうに様子を見に行ってみますか。
見えないなら誰も咎めようがないし、好きにさせてもらいます。
自由だ!
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