第6話 究極の決心
魔力封じの腕輪のせいで、トイレが使えなくなってしまった。
幸い、今はまだ大丈夫。だけどあと何時間我慢できるか……。
一応お風呂も覗いてみたが、水回りはすべて新しくしていますと言っていた通り、やはり魔道具仕様。当然今の私には使えない。
この世界に生まれてきて十八年、結構いろんなことがあったけど、今が人生最大のピンチかもしれない。私は重い足を引きずって、とりあえず三階に上がった。
階段を上りきると踊り場があって、その向こうに一つだけドアがある。
ドアをあけると、八畳ほどの小さなベッドルームがあった
塔は上の階ほど少しずつ細くなっていて、三階はベッドルームが一部屋だけのようだ。
さすがにこの部屋には大きな窓があって、窓の外には小さなベランダがあった。
飛び降りるには危険な高さだけれど、運が良ければ無事かもしれない。
だが下には警備の騎士が立っている。それにここは王城の敷地内。飛び降りて逃げ出すのは無理そうだ。
部屋の中にはベッドと鏡台、テーブルと椅子がある。豪華絢爛な流行りのものではないけれど、しっかりした造りの良い家具だ。壁には作り付けの小さな棚があって、数冊の本が並んでいた。
あまり派手さがない分、暮らしやすそうに思える。
ベッドも大きくて、ふかふかの布団が用意されていた。
テーブルの上には水差しとコップ、素敵な意匠の明かりの魔道具もある。
正直、ここで食事と昼寝付きで暮らすのは悪くない。
ええ。トイレさえあればね。
「さて、どうしたものか……」
小さくつぶやいた言葉は壁にぶつかって、ただ自分に返ってくるだけだった。
着替えがないから、ドレスのままベッドの上に寝転んだ。
皺になるかもしれないって一瞬考えたけど、知ったことじゃない。
今はドレスの皺より今後どうするかが問題だ。
ちなみに、ベッドは見た目通りにフカフカで、とっても寝心地が良い。
寝ころんだまま、腕輪が外れないかと押したり引いたりしてみたけど無理そう。
腕輪をしたまま魔力を外に出せないか試してみたけど、それもやっぱり無理そう。
じゃあ、私に残された方法は何だろう。
「トイレをするとき、騎士に付き添ってもらう……」
究極の選択肢を呟いてみたけど、それはほんと無理。
だけど……。
たった今、上手くいきそうな方法をひとつ思いついた。
魔力を無理やり外に出そうと頑張ってみた時に、ふと気付いたの。
腕輪のせいで、魔力を外に出すことはできない。
でも、自分の体の中にある魔力は、外に出さなければ使えそうだってこと。
つまり、私のスキル『時間停止』を自分に対して使うことはできる。
「危険……よね」
自分の時間を止めることはできるけれど、止まってしまった自分の時間を動かし始めることはできないかもしれない。
何しろ時間を止めちゃってたら考えることも止まるだろうし。
もしかしたら、同じスキル持ちの人がいれば解除もできるかもしれない。
でも私のスキルは激レアで、この国どころか他国の人でも、今まで同じスキル持ちに会ったことはない。
もし自分の時間を止めてしまったら、
……二度と目覚めないかもしれない。
ただ、ほんのわずかな可能性だけれど、勝算も思いついた。
腕輪のせいで、私の魔力は今、全然回復できていない。
普段は空気中や地面などから無意識のうちに魔力を吸収しているのだけれど、それが腕輪に邪魔されている。
そして私の魔力はそんなにたくさん体内に残ってはいない。なぜなら時間停止したものを維持するためにほとんどの魔力を常時使っているからだ。
例えば今、体内の魔力で私自身の時間を止めたとして、その状態を維持する魔力はいずれ尽きるだろう。
そうしたら自然と目覚めるのではないだろうか。
今のこっている魔力で、二年、あるいは三年経てばまた時間が動き始める。確実にそうだとは言えないし、自分の時間が上手く止まるかどうかすら、分からない。
危険な賭けだけど……。
試してみる価値はある。
トイレのことがきっかけだし、それももちろん重要。だけどそれ以上に、よくよく考えれば時間を止めちゃった方が私にとってずっと良い。
二年も時間を止めていればきっとその間におじいさまが助けてくれるはず。
こんな狭苦しい塔の中で助けが来るまで監視されて暮らすより、寝て過ごしたほうがはるかにマシだ。
時間停止している間は外界と遮断されているから、身の安全は完璧。なんなら普通に起きたまま過ごすよりももっと安全だと思う。
よし。
やってみよう。
何となくだけど、スキルを使うことをイメージすると、上手くいきそうな気がする。
そうと決めたらもうこの塔の中でやることはない。
一度起き上がって髪を整え、あらためてベッドに横たわった。その状態でドレスも丁寧に整える。
私のスキルは、一度にひとつの物の時間を止めることができる。一塊になっている物、私がひとつと認識できるものだ。
例えば心臓だけ、腕だけみたいな体の一部を止めることはできない。私がそれを一個とイメージできないせいもあるけど、対象物が生き物だった場合にはっきりとわかる。それは子供の頃、庭に咲いている花がかわいくて時間を止めようとしたときに気が付いた。植物は花も葉も根っこも全部合わせてひとつ。
ただしほんの少しその範囲を広げて、例えば洋服も体の一部と考えることはできる。
毛皮が動物の一部であるように、服を着てて初めて人であれるみたいな、そんなイメージを作ればいい。
ドレスまで一緒に時間を止めてしまえば、誰かにむやみに触られることもないし、安全だ。
ふんわりしたピンクのドレスは程よい厚みがあるから、いい防具になるだろう。
まあ、例え薄くてもビクともしないんですが。
とにかく、ドレスがなるべくしっかり身体を隠すように整えて、ついでにさっき脱いだ靴も履いた。
上から布団も羽織る。
誰かがここに来た時にあまり変な格好で固まっているのは嫌なの。なるべく綺麗に眠って見えるように。
それがいま私に出来る精一杯の見栄だった。
準備は整った。
胸の上で手を組んで目を閉じる。
次に目覚めるのは二年後だ。
それまで……。
「おやすみなさい、世界」
私は自分の内に向けて、時間を止めた。
止めた、はずだった。
けれど……。
「……え、これって私?」
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